伝承
#024 岩塔ヶ原 ①
2000年初頭、ネット黎明期に登場した都市伝説「岩塔ヶ原」。山窩と呼ばれる漂浪民族の終焉の地とされるその場所は、現在特別天然保護区域に指定された尾瀬の立入禁止地区でした。戦前の創作と史実に揺れた謎多き 岩塔ヶ原へ、約20年の時を経て今回は現地来訪へ向けての事前調査の内容を公開し...
遺構
#023 向山炭鉱
国内屈指の軍需工場だった浦之崎造船所(川南造船所)、その創業者だった川南豊作が経営権を取得した向山炭鉱。造船所に隣接する炭鉱遺構の稼動当時を振り返りながら造船所との関連性や地盤産業として発展した炭鉱の数奇な運命を辿る。戦争とその後の戦後復興期に右往左往したその歴史を紐解くレポー...
廃墟
#022 浦ノ崎変電所
川南工業浦之崎造船所と密接な関係にあった浦ノ崎変電所、その運用は果たして軍需だけだったのか。民間企業や一般家庭への送電は行われていないのか、半世紀以上を経過した森の中の小さな送電施設の歴史を近隣住民の聞き取り調査と数少ない資料から当時へ遡ります。電力会社の協力も得て辿る詳細レポ...
遺構
#021 川南工業浦之崎造船所
川南工業浦之崎造船所と密接な関係にあった浦ノ崎変電所、その運用は果たして軍需だけだったのか。民間企業や一般家庭への送電は行われていないのか、半世紀以上を経過した森の中の小さな送電施設の歴史を近隣住民の聞き取り調査と数少ない資料から当時へ遡ります。電力会社の協力も得て辿る詳細レポ...
廃道
#020 岡本川源流未開発区域
南房総の山中に千葉県特有の産業史がありました、バブル崩壊と共に消え去った娯楽施設の建設計画と地域住民との戦い。そして現地調査できた過去から今へ続く歴史を行政や地元新聞社の協力の下に解き明かしていきます、ビワの産地という特色以外で誰もが忘れた房総史の一端をお楽しみ下さい。 ...
廃墟
#019 鹿沼市立石裂小学校
山岳信仰で栄えた山深い石裂集落、その僻地における唯一の教育施設であった石裂小学校を周囲の歴史と共にご紹介します。現在では登山口と神社を残すばかりの限界集落、調査を進める過程で実に多くのエピソードを提供して頂けたこの地域と現在の過疎化問題、そして住民の今をレポートしました。 ...
廃墟
#018 白石工業桑名工場
白亜の迷宮と呼ばれ、廃墟フリークの憧れの的だった三重県の白石工業桑名工場。惜しまれながら2012年に解体されましたがその残照は未だ多く人々の記憶に、世に出なかった様々内部情報や解体後に明らかになった新事実など意外と語る事の多いのこの工場跡を公開当時のレポートを基に再編集しました...
遺構
#017 浸透実験池
長い間謎とされていた房総の古代魚半島、盤州干潟。先端に残る浸透実験池と共に様々残留物を検証していきます。戦後の産業基盤確立と税収、また県内初となる湾内工業地帯の開発。千葉県に大きな産業型人材需要を齎した企業誘致の歴史を基に、現在の周辺状況もご紹介したいと思います。 千...
廃村
#016 古河鉱業水掛社宅
足尾銅山関連施設として語られる事の少ない掛水地区の役員住宅と社宅群、そして現在でも現役運用されている古河機械金属株式会社福利厚生施設。足尾駅の眼前ながら着目される事なく残るこの地区の歴史を少しだけ掘り下げてみたいと思います。一部は観光地化されており、予約制ですが内部閲覧も可能で...
洞窟
#015 石舟沢鍾乳洞
2010年から継続的に続けてきた奥秩父の石舟沢鍾乳洞探索、東日本大震災時の小規模崩落や無計画伐採と時期を同じくした記録的豪雪や連続台風の為の渓谷内大崩落。それらの諸問題と共に、滑落事故により入林禁止となった石舟沢と美しさに定評のあった当事の石舟沢鍾乳洞内部をご紹介します。 ...