2020-03-27T22:14:33Z #037 岩塔ヶ原 ②

#037 岩塔ヶ原 ②

2000年初頭、ネット黎明期に登場した都市伝説「岩塔ヶ原」。山窩と呼ばれる漂浪民族の終焉の地とされるその場所は、現在特別天然保護区域に指定された尾瀬の立入禁止地区でした。戦前の創作と史実に揺れた謎多き岩塔ヶ原へ、約20年の時を経て今回はいよいよ現地へ向い調査を行います。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原
群馬県│岩塔ヶ原

調査:2010年09月
再訪:2015年12月 / 2019月05月
公開:2010年10月10日(2020年03月04日更新
名称:正式名称→なし
状態:行政管理

都市伝説の現場、岩塔ヶ原へ。

前回の岩塔ヶ原()ではこの都市伝説の概要とそれらに関する情報の整理、そして追跡調査によって明らかになった新事実などをお伝えしました。今回は噂の現場となる尾瀬の最深部、外田代の北側に位置する「岩塔ヶ原」へ向かいます。
スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

注意点
公益財団法人 尾瀬保護財団 発行「尾瀬保護レポート」内より引用、指定登録の項に「特別保護地区指定 > S28.12.22 > 尾瀬ヶ原、尾瀬沼及び檜ヶ岳山頂部」と記載されている。

外田代含む多くの湿原地帯は特別天然保護区域に指定されている為に通常立入は禁止されています、今回の現地調査に先駆けてまずは片品村役場へ立入の確認を行うと冬季の降雪期間はスノートレックが可能との返答を頂き、尾瀬保護財団からも同様の回答が得られました。

今回実際に岩塔ヶ原の存在と様々な噂の検証を行うために久々となる尾瀬へ。「#024 岩塔ヶ原 ①」でも触れた

・岩塔ヶ原には地下大神殿がある
・今でも山窩の集落跡が残されている
・昭和中期に国が隠蔽した
・集落跡には石塔が存在する

これらの眉唾話を該当地にて現場検証してきました、それでは岩塔ヶ原と呼ばれ長年謎とされてきた外田代北側平野の今をレポートしていきましょう。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

前回の「#024 岩塔ヶ原 ①」を未読の方は先にお読み頂ければ幸いです。




保護区域の外田代は一面雪景色

外田代へは鳩待峠から尾瀬入りし、山の鼻小屋のキャンプサイトで野営。翌日早朝から猫又川を辿るように斜面を避けて向かいます、尾瀬には縁があり国民宿舎の尾瀬ロッジで暫く働いていたことがあります。なので一般的な木道からそれたルートや地形にも幾ばくかの覚えがあり、迷うことなく外田代へ辿り着くことができました。

注意点
尾瀬で働いていた当時、山小屋の職員とオゼビルなどの野草採取やヘリからの資材受取、消火訓練などを受けました。この時の様々な経験や訓練は現在の登山にも活かされています。夏季における一般登山者においては木道から逸れるルートへ侵入することは禁止されており、釣りや野草採取なども行ってはいけませんのでご注意下さい。またオゼビルとは尾瀬で採取できる野草ですが一般的にはギョウジャニンニクとして有名です。



尾瀬は7月後半に雪が降ったり夜間であれば山小屋の眼前に熊が現れたり、自然の驚異と直に相対する場所です。GWに行われる山開きをお手伝いしたこともありましたが非常に厳しい環境なのだと、今回改めて感じました。尾瀬における猫又川を経由するスノートレック人口は多くなく、吹雪けば遭難の可能性もあるので興味がある方は十分な事前知識と準備を怠らずに。

注意点
ルートによってはスノーシューではなく、スキーの方が安全(または早くて簡単)に通過できる場所があります。スノーギアの選択は雪質や来訪時期前後の天候などに左右されるので良く吟味してから決定して下さい。

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今回のルートです、猫又川は積雪状況によって左岸や右岸とルーファンしながら進みます。スノーブリッジは薄いものや厚いものなど様々で崩落する危険性も絶えず念頭に置かなければなりません、また流れの緩やかな浅い場所を直接渡る方法もあります。

スノートレックは近年非常に人気があり、ビギナーコースとしても有名な北横岳などはロープウェイで山頂付近まで行けるので多くの人がいらっしゃいます。しかしその北横岳でさえ、吹雪けば危険を伴い、正しい知識と必要な道具がなければ命の危険さえあります。

よって今回のレポートのルートは難易度こそ高くはないものの、初心者や雪山未経験者においては十分に危険がつきまとう登山であることをご理解頂ければと思います。重複しますが興味がおありの方は十分な事前準備を必ず。

注意点
近年、登山届けを出す方が減少していると片品村遭難対策救助隊の方からお聞きしました。中でも冬季のスノートレックは危険が何重にもなり得る危険な登山です、必ず登山計画書(登山届け)を提出するようお願い致します。

片品村遭難対策救助隊

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

猫又川の遡行を始めて直ぐ、やや開けた場所を歩きます。この辺りは猫又川の名もない支流が幾つか分岐していますが余りに細く、水流の勢いもない為に地中へ消えていきます。降雪期ではその大半を判別できないほど、背中アブリ沢ルートではお目に掛かれない眼前に広がる雪景色を楽しめます。

過去に背中アブリ山やカッパ山に向う為のスノートレックは経験がありますが猫又川の遡行は初めてです、勿論その時も行政や警察への確認と登山届けを提出しています。

因みにこの変わった名前の猫又川、猫とは全く関係有りません。大白沢山の山頂付近の湧水地を源頭としているようですが流れは山と山の間を縫うようにあるために「山の根っこを流れる川」からネッコ川→幾つかの地形的経緯を経て「猫又川」と名付けられたようです。

この地形的な経緯とは先程もあった名もなき支流を指しているのかもしれません、幾重にも分岐(又)するネッコ川が猫又川なのであれば由来としては十分です。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

途中、雪がアイスバーン化して非常に硬い場所がありました。このような場合は新雪が積もってないか確認した後にチェーンスパイクへ変更します、此方の方が地面を掴む力が逃げずに歩き易いのです。

注意点
樹木などの関係で新雪とアイスバーンの境目で足を取られる(沈み込む)場合があります、目が焼けるのを防止する為にゴーグルなどをしているとこの境目に気付かない時があり危険です。




現在地はこの辺、もう直ぐ猫又川の分岐が見えてくる筈です。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

私達は外田代へ向うので猫又川右俣へ進むことになります、途中この様な深い樹木地帯などもあり、川から離れると似たような風景ばかりで迷う可能性も。なので今回はGPSの他にも詳細な地形地図を持参しています、初めての山は慎重に慎重を重ねて更に注意が必要です。

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スゴログがはじめての登山を試みる場合、やや大袈裟ではありますが国土地理院から該当地の詳細地図を購入します。それは私達が通常のルートではなく、人が滅多に入ることのない場所や登山道ではないルートを設定することに起因します。カシミール、GPS端末、詳細地図。これらを相互確認しながら秘境と呼ばれる場所や危険な地域へ向う場合の重要な事前知識としているのです、実際に所属山岳会への協力要請で遭難して亡くなられた方の遺体回収に警察と同行する際は詳細地図が役にたったことがありました。大きな山がある地域(山岳救助隊が組織されている県など)は別としてこの様な場合に同行される警察官は登山経験のない地域に務めていらっしゃる方が殆どです、二次被害はあってはなりません。

注意点
回収協力の現場はとても穏やかな沢でビギナーでも安心して歩けるゴルジュでした、5mほどの段瀑の下方滝登攀時に滑落したものと思われます。しかしアプローチから現場までが遠く、やや入組んでいた為に詳細な地図は非常に有用でした。自分の位置をGPSと共に確認することも登山では遭難を防止する対策になります、是非活用して下さい。

国土地理院の詳細地図は以下より購入できます
https://www.gsi.go.jp/MAP/kounyu.html

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

地形が入組んだ場所では方向を見失うこともあります、読図とGPSは本当に重要です。

今年(2019年)の雪は少々硬いようで斜面だとやや怖いですね、特に下りだとヒールアップタイプだとうまく雪を噛まないことがしばしば。トレッキングステッキも薄く刺さりはするものの、沈みこまない場所も。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

どうやら誰も足を踏み入れてないようです、尾瀬最深部(夏季立入禁止区域)へのスノートレックの来訪者は少ないですが毎年猛者が闊歩しているようで割と困難なルートにもスキーやシューの跡などを確認します、今年はこの猫又川の遡行ルートはまだいないようですね。

たまにですが至仏山荘や山の鼻小屋のスタッフさんをお見かけします、そして彼らは雪上を歩くのが非常に上手くて早いのです。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

日本有数の熊の生息地帯

途中熊の足跡が幾つもありました、今年(2019年)は暖冬傾向にあったのか熊が冬眠から目覚めるのが早いらしく、3月後半には既に目撃情報も報告されていたようです。

スゴログでは過去、何度か熊と遭遇したことがあります。北海道の羅臼湖ではヒグマの親子と、本州では各地でツキノワグマと距離はありましたが目視できる範囲で遭遇しています。今回も熊出没地()の装備は怠らず、複数のアイテムを用意しています。

注意点
日本全国でも尾瀬における熊の生息密度は類を見ないほど高く、木道や山小屋周辺にも普通に出没します。

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爆竹は単眼鏡や双眼鏡などで確認できる距離が確保できている場合に有効です、野生の動物にとって破裂音は普段聞くことがない音なので逃げる場合が多いのです(個体差による)。

ベアスプレーは現在一般的な登山者がとれる最大の熊対策アイテムです、基本1人2本の携帯を心掛け、1本はホルスターに装着して直ぐ使用できるように、もう1本はスペアとしてパッキングしています。風向きや対峙した状況によって1本では対応できない場合もあるので事前にパーティ内で噴射する順番などを決めておくことも重要です、素手はもとよりナイフなども熊の厚い毛皮には全く刃がたちません。

また熊の頭蓋骨は非常に硬く、猟師の撃った弾が兆弾したという報告もあるほどです(角度によります)。

最後に熊鈴と呼ばれるベル、近年では全く役に立たないことが熊の生態調査で解ってきました。ラジオや声を出すなども殆ど希望的観測であり、科学的に特定音波による熊の忌避行動は確認できていないのだそう。

では何故ベルを持参しているのか、実は熊対策ではありません。

スゴログでは足場の悪い場所での行動や鍾乳洞、ナイトトレックなど光が頼りなロケーションで同行者の無事を確認しあうことにこの「鈴の音」を利用しています。滑落、転倒、予期しない場面においてその音の変化が見えなくても「何かあった」ことを伝えてくれます。

無線が壊れた時などにも静かな山間部では意外とこの「鈴の音」は離れた距離でも聞取ることが可能なので離れて調査、行動、または近距離においても視線を分割する状況が発生した場合用に装着しています。

つまり単独行では装着しません。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

熊棚です、この一帯では良く見かけます。それだけ熊の個体数が多いことを示しています、足跡も複数あるので遭遇する危険性を再度留意して進みます。

ツキノワグマによるクマ棚の形成

ツキノワグマは樹上の果実を食べるために樹木に登り、果実のついた枝を折り一箇所にたぐり寄せながら果実を採食する。その際に樹上にできる枝の塊は「クマ棚」と呼ばれている。

日本生態学会

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

熊は巨躯ではありますが非常に木登りが上手です、山中において本気になった熊から人間が逃れる術は複数の猟銃による殺傷以外ありません。

注意点
熊の遭遇事故で怪我や死亡例が多いのは実は猟銃を携帯した猟師です、撃つ場所を的確に判断しないと手負いとなった熊が攻撃を仕掛けてくることで一般的な遭遇劇よりリスクが高いとされています。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

オンシーズンの尾瀬では草むらに隠れたツキノワグマが突然人前に姿を現すことも。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

樹木にマーキングされた爪痕、これもツキノワグマによるもの。山中での不意の遭遇を避けるために熊の痕跡は目敏く探すようにしています。このような爪痕も新しいものか、また糞などの硬さや温度なども状況判断の材料となります。



出発から4時間弱、周囲の観察を行いながらゆっくりと遡行してきましたが眼前が開けてきました。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

外田代に到着

薄く見える遠景はカッパ山でしょうか、どうやら無事平野部分へ到着しそうです。この時期の尾瀬は積雪こそ凄いものの歩き出して体温が上がれば半袖になっても過ごせる陽気…なのですが急に吹雪くこともあって油断はできません。

実際に何年か前に燧ケ岳へ向う最中に猛吹雪に巻き込まれました、気温もいっきに下がるのでスノートレックのウェア選びはとても重要なのです。


スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

外田代に無事到着、まずはやや南側の様子を確認したいと思います。と、いうのも東西は山や沢で遮られていますが南北は平野が広がっています。岩塔ヶ原(岩塔)を中心に西丸震哉氏によって岩塔盆地と名付けられた一帯を見てみたいと思ったからでした。



外田代は夏季であれば湿原平野です、どうやら特徴的な地形はないようです。尾瀬には複数「田代」とつく地名が散見できますが語源は「田を作れそうな所」という意味でこれは平地であったり、加えて湿原などを指すこの地方の言葉であるとされています。

例を挙げれば、

沼尻川と上ノ大堀川を湿原地帯の中間として分けて、西側を上田代・中央を中田代・東側を下田代と区分されています。この一帯の田代地名が尾瀬で一番規模の大きな湿地帯です、その周囲には外田代や横田代、また沢や昔の呼び名(またはアイヌの当て字)が残る田代地名もちらほら。

メツケ田代やアヤメ田代がそうですね、他には該当地の特徴を現した赤田代など。これは鉄分を多く含む鉱泉が湧出流入し、周囲の湿原が赤く変色している様から名付けられたとされています。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

1980年代の外田代での野営を撮影した写真、この時既にこの地域は特別天然保護区域に指定されているのでこの写真を撮影した者は特別な許可を得て入山したか、もしくは…ということではありますが貴重な写真なのは間違いありません。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

同じ年代と思われる夏場のススヶ峰と大白沢山。

オンシーズンなら歩くことが困難な湿原地帯、広い平野が続いています。外田代の平原内には複数の細い河川や小さな池が点在していて1980年代は法を犯して侵入した釣り人が熊の襲撃を経過しながらイワナ釣りに勤しんだとの報告も、それだけこの地で釣りに魅力があったのでしょう。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

岩塔とは一体何なのかを探る

冬季の同じアングルの写真がありました。

しかしこの外田代と岩塔ヶ原、そして岩塔盆地の明確な場所の定義がはっきりしません。

外田代は地図で示されているので良いのですが岩塔の周囲が岩塔ヶ原であるならば岩塔盆地とは何処を指すのか、それとも岩塔ヶ原=岩塔盆地としてよいのか手元の資料を何度読み解いてもわかりません。いずれにせよ、西丸震哉氏によれば

八海山、景鶴山、大白沢山などに囲まれた盆地を総称し、自らが命名。この地が初めて上空より撮影された時、中央に岩の塔があるように見えたのでこの名前に到った。

とあります。スゴログとしては以上の氏の意思を汲み取り、岩塔ヶ原=岩塔盆地(地形的に氏の説明だと外田代も含まれる)として解釈。調査はその中心だとされる岩塔と思われる場所に一極集中することにしました、この日はビバークの用意はあるもののピストンで山の鼻小屋へ戻ることを想定しています。やはりこの地でのテント泊はリスクが高いと判断、人がいて緊急事態に対応できる場所に戻ることを入山前の計画段階で決めていました。

注意点
この時期の外田代での野営は法的に問題ありません、しかし冬眠明けの熊が闊歩しており、要らぬリスクを背負うことなく調査を終えたかったのでこのようなスケジュールとなりました。



どちらにせよ、つまりはその平原(盆地)の中で「岩塔」のような地形があれば直ぐに解るはずです、更にその後現地へ調査に向った西丸震哉氏は複数の書籍やインタビューにこうも記しています。

現地で調査した結果、岩の塔はなく栂など複数の古木が密生した丘であった

なるほど、やはり塔ではなかったと。この時点で当初の「岩塔」は間違いであり、地形的には少しばかり隆起した丘のようなものであることが解ります。都市伝説として語られてきた岩塔、しかしその存在は氏自らの調査で約半世紀前には判明していたのでした。

元々三角寛の創作物から想起した架空の漂流民族であるサンカ、西丸震哉さえ懐疑的だったものの現地調査でその不確実性は当時より多方面から指摘されていたのです。

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外田代の平野部には何も手掛かりはなく、また関連性も見出せないので先程の地点まで戻り、その丘と思われる場所を探してみるとしましょう。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

目星がついているとはいえ、この周辺の風景は調査に難儀しそうな場所が多いと言えます。湿地帯の平原といっても実はいくつもの支流が細く流れており、猫又川付近ではこのような風景が暫し見られます。

つまり平原の中にこの様な「丘」に見える場所が幾つもあるのです、しかしスゴログでは事前調査である場所に着目していました。



注意点
ロールオーバーで画像を切り替えて下さい(PC閲覧時のみ)

ここです。

これは1976年に撮影された航空写真です、「#024 岩塔ヶ原 ①」の最後尾で少し触れた場所ですね。西丸震哉氏が見たとされる航空写真は1940年代の白黒写真でしたがこのカラー写真だともう少し氏の勘違いした場所が見て取れます。

真上からの構図ですが確かに他の場所より隆起しているのが確認できるでしょう。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

周囲を探してみても氏が命名した岩塔盆地でこの様な単独隆起した地形は見当たりません、複数重なる小さな丘陵はあってもここはやはり特徴的です。

それでは長年謎とされてきたこの岩塔と思われる場所へ入ってみましょうか。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

岩塔と思われる地に到着、その正体に迫る。

猫又川の沢側だとやや傾斜がきつく、更に生い茂っている樹木で上手く登れません。しかしこの様な機会もそうそうにないので人が生活した痕跡がないか、一応ではありますが探してみました。

当然のことながら、そのような形跡は一切ありません。

・立地的にここまで生活物資を運び、日常生活を送るのは考え難い。
・食用に適した植物が少ない
・夏季に開墾できる場所も少ない
・冬季は殆ど通常生活できないほどの積雪
・地下洞を掘るような地形でもなく、掘っても冬季は雪で埋没する。

これらにより、まずサンカ文化がこの地に根付いていたとは考えられません。水は豊富で魚もイワナなどが夏季には釣れます、またシカやシマヘビなども生息しているので創作上のサンカの食性に詳しくはありませんが降雪期以外ならば…とは考えられます。しかし通年の生活は現実的に難しく、近代化した山小屋でも厳しい自然との闘いです。

現代においてサンカという生活様式を有した固有文化集団がいたという考え自体が既に否定されており、前回のレポートで仮説とした

「人権擁護を目的とした啓蒙活動のモデルであった被差別民」達

であった可能性が高いのです。被差別民であるが故の特殊な生活様式、その終焉の地がこの尾瀬ととるのはやはり無理があるでしょう。この当時の被差別民の生活に関しては多くの資料や書籍が残されているので興味があるかたは是非ご覧になって下さい。

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あくまで実際に存在した被差別民と創作活動の一環だったサンカ、そこに介入して啓蒙活動を行った人権擁護団体。これらが作り出したのがこの「岩塔ヶ原」という都市伝説の正体なのです。

つまりは、先程の岩塔と同じく答えは既に1950年代には出ていたのです。

それらを踏まえ、東側に回り込んでもう少しこの岩塔らしき丘を観察してみましょう。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

生い茂る樹木だけでやはり何かの痕跡や特徴的な地形などは判別できません。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

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GPS情報より隆起しているようで平地から随分と登って来ました、結構な高さがあるので写真では時期によって影などが映し出されるかもしれませんね。それを「岩塔」と見間違えたのかもしれません、感想としては見慣れた尾瀬の冬季風景でしょうか。



注意点
ロールオーバーで画像を切り替えて下さい(PC閲覧時のみ)

現地での最終聞き込み

さて、ここまでやって来てはみたものの当初の予測通り何もありませんでした。帰路につく最中、尾瀬に点在する山小屋などの関係者と片品村役場の職員、そして元片品村猟友会の方々にヒアリングを行い、

・サンカ(山窩)と呼ばれる集団と知っているか
・尾瀬に被差別民の居住実態はあったか
・外田代周辺に定住者は居たのか(納税実態含む)

などを質問。しかし返ってくる言葉は一様に同じで

尾瀬の外田代に過去納税実態のある定住者は存在しない、戦前の居住者の有無は解らないが越冬できる生活環境ではない。サンカという言葉も聞いたことがない。

とのことでした。つまり尾瀬=外田代=岩塔ヶ原と認識しているのは実はネット上の一部の都市伝説フリーク、そして奇異な書籍を好む僅かな読者だったと思われます。更に言えば岩塔ヶ原=サンカ(山窩)という民族文化の認識も実は1950年以降の新しい考えであり、これは創作物として作品が発表されてからの時代と符合します。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

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因みにですが尾瀬の地名などの由来から「居住者が存在したヒント」が得られないか調査も行いました。幾つかアイヌに関連する言葉や江戸時代のものと思われる伝記が元となった地名は発見できましたが集落や人々の生活に直結するものは皆無、どうやらこの「岩塔ヶ原」という都市伝説はやはりただの創作物だったのでしょう。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

そこでスゴログでは

この尾瀬にサンカ(山岳集落と仮定して)と勘違いされるような民族文化がなかったか

を多少無理矢理ではありますが仮説として考察してみました。




スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

西丸震哉氏が思い描いたサンカと尾瀬特有の歩荷文化

尾瀬には車などで物資を運ぶ手段がありません、私が尾瀬で働いていた頃は一般的な物資は歩荷さんと呼ばれる荷物を担いで各山小屋に届ける職業の方を頻繁にお見かけしました。建築資材や緊急性の高い運搬はヘリで運ばれてくることもありましたがプロパンガスのタンクなどは人が運ぶようでした、中には200キロ近く背負う方もいらっしゃいます。

歩荷 - ウィキペディア
http://archive.is/wip/CLpQR

当時聞いた話ですが腰や足を悪くする人も多く、長く続ける仕事ではないと仰っていました。そんな尾瀬特有の物資運搬方法である歩荷さんが尾瀬における特別な存在であったのは間違いありません、それは尾瀬が観光地化されてからずっと継続している現在においても。

尾瀬の観光地化は近代史では1934年に日光国立公園の一部として尾瀬地域が指定された頃が起源とされていますが1590年に真田昌幸が利根郡の領主となった当時には既に人々の往来があったようです、そして戦後「歩荷」という言葉が一般的に浸透するはるか以前より類似する物資運搬に順ずる文化がこの地にあったと言います。

尾瀬という局地的な場所におけるサンカと歩荷を繋ぐ書籍や資料は出てきませんがサンカという創作物を生み出す過程でこの「歩荷」の存在は大きく関わったのではないかと予想されます。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

背負子にプロパンガスを載せて歩く歩荷さん、この姿を始めて木道で見掛けた時は流石に驚きました。

尾瀬の歴史は長く、故に時代時代の文化的活動を行うためには生活物資が必要です。だからこそ歩荷さんの存在は尾瀬において重要で貴重で、そして特別だったのです。この「特別な存在」というニッチなキャラクターを被差別民に見立てて生活様式を創作上の「サンカ」に当て嵌めたとしたら、ならばこの尾瀬という未開の地は物語のロケーションとしては格好の場所と言えるのです。

公益財団法人 尾瀬保護財団 - 尾瀬の歴史
http://archive.ph/eRwds

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また昭和初期から戦後間も無くの頃の歩荷さんの格好が都市部では見掛けない奇異な姿()だったことも手伝ったのでしょう、今ほど整備されていない湿原の限られたルート(踏み固められた歩ける道)の為にその衣服は痛みが早く、一般的な生活環境の方からはやや汚く見えたと複数の資料に記載されています。

そんな歩荷も仕事以外では都市部で生活し、普通の家で暮していました。それを誰もが知っているとは、そして想像できるとは言えない時代。民俗学を題材にした作家の想像力を掻き立てる数々の素材はさぞ魅力的に見えたことだと想像に難しくありません。

スゴログ 山窩 サンカ 岩塔ヶ原

現代においても必要とあらばこの様な悪天候でも歩荷さんは物資を運びます。



以上はあくまで仮説であり、現在明かされているサンカに関する情報と近代の学術的な民俗学を照らし合わせて予想したものです。サンカという民族文化が創作物である以上、どの様な経緯でこの「岩塔ヶ原」という都市伝説が発生したのかは解りません。

しかし現地見聞と幾度にも及んだ関係者への聞取り、各専門機関からご協力頂いた資料などを総合的に分析した結果として。

サンカとは被差別民の救済などを目的とした(もしくはそれを利用した政治思想の扇動活動)人権擁護の啓蒙活動によって生み出された架空の山岳民族であり、それを本当に存在するかのように創作物を利用して世間に広めた偽民俗学伝承ではないか。よって名称として岩塔ヶ原は残ったものの、その実はただの隆起した丘であった。

スゴログではそう結論付けます。

いまだに増え続ける未検証で裏付けのない「サンカ」や「岩塔ヶ原」に関する与太話、このレポートの信憑性もどこまで高いものかは私自身判断できませんが事実の羅列を試みた結果、少なくとも今回のレポートに近しいのではないかと提起致します。

何より、都市伝説の一因である西丸震哉氏自身が「岩の塔はなく栂など複数の古木が密生した丘であった」と記している以上、これ以上の現地調査は必要ないでしょう。

最後に、今回末記した歩荷さんに関する参考サイトをリンク致します。宜しければぜひご覧下さい、本当に凄い人達で尊敬に値する職業です。

謎多き“山の鉄人”!? 歩荷(ぼっか)さんのヒミツに迫る
http://archive.is/wip/PmiQC

山小屋ですから、冬の物資運搬は歩荷です
http://archive.ph/wip/onAmd



2020年01月、グーグルのストリートビューで尾瀬の一部ではありますがこの機能が使用できるようになりました。撮影は2019年08月に2週間行われたそうです、尾瀬保護財団によると尾瀬国立公園の人気エリア「尾瀬ケ原」と「尾瀬沼」の周辺がオンライン上で散歩可能で実際に確認できました。



またYouTubeにも尾瀬のドローン撮影された動画が幾つもアップされており、その美しさを見ることができます。尾瀬は豊かな自然が残る日本でも珍しい湿原です、外田代などの特殊な場所は論外としてオンシーズンの木道トレッキングは誰にでもオススメできる自然体験なので是非行かれてみて下さい。

手軽に尾瀬を楽しめるマウンテンガイドもオススメですよ。

尾瀬マウンテンガイド
https://mountain-guide.jp/guide/06.html

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参考・協力

環境省 自然環境局
群馬県警察本部地域課
片品村役場
鳩待山荘
山の鼻小屋
尾瀬山の鼻ビジターセンター
公益財団法人 尾瀬保護財団
サンカ社会の研究/三角寛(現代書館)
サンカ研究/田中勝也(新泉社)
サンカの社会資料編/三角寛(現代書館)

注意点
その他、名前を伏せることでご協力頂いた歴史研究家や民俗学の識者の方々には心より感謝申し上げます。



レポートの場所



注意点

該当区域は管理されており、無断での進入する事は法律で禁止されています。また登山物件においては事前にルートの選定、充分な予備知識と装備で挑んでおります。熟練者が同行しない突発的な計画に基づく行動は控えて頂く様、宜しくお願い致します。

スゴログの装備とその使用方法など
https://www.sugolog.jp/p/blog-page.html



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