2020-03-27T22:13:51Z #036 小浦海岸

#036 小浦海岸

房総半島にはプライベートビートと呼称するに相応しい日常と隔離された浜辺が複数存在します、そこへ到るには絶壁の昇降であったり深い藪を漕いだりと一筋縄ではいきません。しかし険しい道程を越えたその場所は非常に美しく、噂に違わぬ人独りいない静けさと波の音が支配する非日常的な風景が広がっていました。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境
千葉県│小浦海岸

調査:2010年09月
再訪:2011年05月 / 2016年05月 / 2017年07月
公開:2011年01月31日
名称:小浦海岸
状態:行政管理

房総半島の秘境海岸だった3つ浜辺

江戸時代後期から戦後間も無くまで、外房の御宿は海女によるアワビ、サザエ、伊勢海老などの海人漁が盛んでした。海人というのは海士(男)、海女(女)の総称で海岸から程近い海域で潜水漁をする方の総称で知られています。

この御宿には有名な大波月海岸やドン・ロドリゴ上陸地などが観光地化されていますが実は殆ど手付かずの秘境めいた海岸が三つほどあります、その海岸は南側から「小浦海岸」・「長浜海岸」・「釣師海岸」を呼ばれており、古くから海女の漁浜とされていました。

これらの海岸はどれもが素晴らしい景観を残しておりますが長浜海岸と釣師海岸は行政側から公開を控えて欲しいとお願いされたこともあり(2010年当時)、今回は比較的安全性の高いアプローチルートである「小浦海岸」をご紹介したいと思います。最後尾に少しだけ長浜海岸の現状と釣師海岸の注意点を記載致しますので併せてご覧下さい。

注意点
一時期、長浜海岸と釣師海岸が混同されていましたが現在はオンラインマップサービスなどにも記載されることで誤解は解消されたようです。また釣師海岸は現在立入禁止、長浜海岸はアプローチ終盤に崖を降りる必要性があります。長浜海岸では過去にこの崖の昇降で滑落による怪我人が発生しており、滑落時には徒歩での救助が難しい為に要救助者の空輸か海輸が必要となります。



冒頭説明でも少し触れましたがこれらの海岸は海女漁が下火になってからは人が近づかない秘境とも噂されていました、それは海岸へ到るまでのルートがとても危険だったことに起因します。

しかし小浦海岸だけは迷う事も滑落することもない安全なルートで来訪可能です、房総半島に残る素晴らしい海岸とはどんな風景なのか。その魅力を地元の言い伝えや歴史を交えてレポートしていきましょう。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

唯一安全なアプローチルートを確保できる小浦海岸

海洋生物環境研究所の対面に残る獣道、これが小浦海岸への入口。一般社団法人御宿町観光協会によればこの小浦海岸の一般認知に務めており、観光資源に活かしたいのだとか。入口付近には「おんじゅくトレイル小浦海岸ルート」と記載されたアナウンスプレート(NPO法人 御宿DE元気製作)も設置されています。その位安全性が確保されている、ということですね。

少し進むと大きな素掘り隧道が出迎えてくれます、江戸時代には山を越えて海岸へ到る道があったそうですが明治期にこの掘削された隧道が完成すると旧道は使用されなくなり、現在ではその場所なども解らなくなりました。

注意点
掘削時期に複数の報告例がありますがスゴログでは現地(いすみ市小池地区)での聞取り調査を基に明治時代の掘削と表記しています

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

隧道を抜けるとくの字に折れ、その間々道なりに歩きます。

この道は元々行政の管理道として整備されましたが当初は海女の漁などで使用する道具小屋へ続いていたそうです、写真の轍は釣りをされる方が残したもの。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

波の音が直ぐ近くに聞こえてきました、振り返ると隧道を通した山が確認できます。昔はこの山を越えるルートで来なければなりませんでした。

注意点
この山越えルートに関しても隧道掘削時期同様、その存在は現地の聞取り調査にて知り得た情報です。1940年代から1960年代にかけて現地で海女をされていた方を母にもつご家庭にてお話を伺ったので間違いないものと思われます。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

アプローチルートを進むと10メートル四方の広場で終点を迎えました、波が聴こえる方へ目線を向けると下方へ降りる獣道があります。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

この藪を抜ければいよいよ待ちかねた小浦海岸です。

注意点
晴天が続いて路面状況が乾燥している場合は軽トラや比較的小型の四輪駆動車などはここまで車で来ることが可能です、しかし隧道付近は通年マディであり、また小規模ながらガレ場もあるので徒歩での来訪を強く推奨します。過去一度も経験していませんが対面から車が来た場合、どちらかが入口・隧道出口・広場のいずれかまでバックで戻るしかありません。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

手付かずの浜辺

小浦海岸へ到着。

ここは非常に美しい場所です、満潮時は写真左側(地面が色極く濡れて見える高さ)まで潮位が増すので浜辺は完全に消滅する限られた時間のみに許された至福の空間と言えるでしょう。

注意点
来訪時の一番の注意点として海岸沿いの潮位情報を把握することを忘れてはなりません、満潮付近の来訪者が海岸沿いを歩き、水位が上がったことで岩場に取り残された事例が報告されています。

小浦海岸 - Spherical Image - RICOH THETA

3つの海岸で一番規模が小さいこの小浦海岸、海岸侵食の為に実は年々僅かながら縮小傾向にあります。その侵食速度は非常に緩やかではありますが確実に浜の大きさは減少しており、何れ砂浜は消滅して岩壁のみになるのではないか、とも言われています。

現在の砂浜の状態を確認できる動画がありました(YOUTUBEより引用)、お時間があればご覧下さい。


スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

人々の記憶から失われた名もなきもう一つの海岸

右側、地図上では南側を向くと直ぐ先に岩壁が突き出ていることがわかります。実はこの先に更に小さい名もなき砂浜が存在します、1950年代までは更に南側のドン・ロドリゴ上陸地の田尻海岸までの獣道がありましたが現在は消滅。

浜辺経由でも干潮時の水位が人の身長を超えた高さの為にやはり向うのは無理…なのですがスゴログでは衛星写真でしか確認できないこの名もなき海岸へ到るルートを開拓。そう遠くない日にレポートを公開する予定です。



直線距離にして50mに満たない本当に小さな海岸です、行政広報の記録写真にもこの場所は写されたことがないようなので撮影後は提供する予定です。

注意点
この名もなき海岸へはハーネスやロープ、またラペリングなどの登攀技術を必要とします。降下地点は崩落が現在も継続的に続いている場所なので非常に危険です、加えて一般的な救助活動が困難な地形でもあります。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

御宿の海岸に残る謎の穴とは

浜へ降り立つと南側は突出した岬の岩壁に阻まれ、現地での行動は必然的に北側へ限定されます。しかしの浜辺も僅か120mばかり、その先は南側と同じく岬の岩壁に阻まれてしまいます。

この地域の3つの海岸は全て隔離されたそれぞれの浜辺が行き来できない地形なのです、海女漁が盛んだった頃は岩壁上の山林地帯に獣道があり、その細い道を利用していました。

どの浜辺も干潮時に比べ、満潮時は最大2m(通常は1m~1.5mで地形により高くなる場所があります)ほど水位が上がります。探索可能な時間はこの干潮時の前後2時間位、浜辺の計上にもよりますが水位の上昇が始まると予想以上に歩く場所が限定されてしまい、浜辺に取り残されてしまう可能性もあります。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

見上げると明らかに人工的な「穴」が開いていました、しかも一箇所ではありません。これは小浦海岸だけでなく、釣師海岸でも確認できる不思議な掘削跡です。

これが何なのか、その疑問に答えるにはこの地域の地元産業であった「海女漁」の歴史を紐解かなくてはなりません。


地域産業としての海女

御宿は古くから沿岸漁業と沖合漁業で栄えた漁師の町でした、漁師の一家は男手を主要とする沖合漁業、女手を主要とする沿岸漁業と分業していて海女はこの沿岸漁業にあたります。

注意点
海女漁は4月1日から9月31日までとされ、漁時間は平均で8時から15時の7時間。当時の主要漁対象はアワビやサザエ(アワビは12cm以上、サザエは5cm以上でないと捕ってはならない)、それに時期の海藻など。

この地域では江戸後期より2000年代まで海女漁が行われており、2006年の時点で現役の海女が10人程確認されていまいた。当時の最高齢が75歳とのことでしたが現在(レポート再構築時の2019年)には現役の海女は確認されませんでした、海女漁とはいえ漁業組合の介入なしでは密漁となるので個人的な漁や規模の大小に関係なく現役者がいれば判明は難しくありません。

よって御宿の海女文化は潰えてしまったと考えるのが現状では妥当でしょう、しかし文化としては祭事として残されていて毎年「南房総白浜海女まつり」が開催されています。

南房総白浜海女まつり
http://amamatsuri.com/

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戦後復興後において海女の白装束は観光用であり、本来は各々が着衣水泳に適した服装で行っていました。また戦前は上半身はほぼ裸体の状態で漁を行っていたようです。

これらを裏付ける写真展なども御宿では開催されています。

御宿・月の沙漠記念館で「海女の群像」写真展
http://archive.is/wip/Lr3O3

1960年代に入ると近代的…とはいえませんが着衣水泳による海女漁が一般化してきます、千葉県夷隅郡御宿町の行政広報誌「おんじゅく広報」に当時の姿が写真で掲載されていました。

おんじゅく広報 No.47 昭和41年6月28日発行
https://bit.ly/2OxaKWD

しかし時期的に転換期だったのか1955年に撮影された海女の写真は着衣の状態ですね、海に出る前なのか、後なのか。もしくは地域性があるのか、判断が難しいところではあります。

1955年の御宿の海女
http://archive.is/TbTLT

2019年現在、南房総市の白浜には現役の海女がいらっしゃいますが勿論着衣水泳によるものです。



さて、疑問点であった「穴」の存在ですが御宿の海女漁と密接な関係があります。この穴、実は海女漁での荷揚げや詳細は定かではありませんが漁関係の為に掘削されたものだとされています。

小浦海岸に限らず長浜海岸や釣師海岸のいずれも沖合漁業の為の船着場としては適していません、それは主要道路から離れており、漁場となる浜辺までは険しい山道を歩くためです。

海女の飛び込み場所だとする記載もネット上には見られますが一般的な海女漁において飛び込みエントリーはかなりイレギュラーでしょう、浮き輪や籠を保持したまま遊泳するので浜辺から容易にエントリーできる場所でわざわざ飛び込みを行う意味はないのです。

また荒唐無稽な「トーチカ跡」だったとするレポートも少ないながら散見、これは流石に異様な見解です。恐らくは第二次世界大戦に計画されたダウンフォール作戦内の「コロネット作戦」から想起したものかと思われますがその強襲部隊が上陸地に選んだのは九十九里浜、約24万人の上陸作戦に狭い浜辺である小浦海岸を含む3つの海岸を選択する合理的な計画性は皆無。しかも上陸後の行軍が困難な岩壁上の山中にアクセスルートがあるのです、どう考えても意味不明といえるでしょう。

ダウンフォール作戦 - ウィキペディア
http://archive.is/mjC2w

参考 - 日本を壊滅させようとした 連合軍「ダウンフォール作戦」の恐ろしさ
http://archive.ph/wip/9VjNt

そもそもトーチカが”何”であるか理解していないのかもしれません。

トーチカ - ウィキペディア
http://archive.ph/wip/FOCgZ

佐田岬砲台に代表される穹窖式を無理矢理当て嵌めたトンデモ理論ですがこれがトーチカだったと信じる人は非常に稀かと思われます。

佐田岬砲台 - ウィキペディア
http://archive.ph/wip/5AqtY

既述の小池地区や御宿地区の方への聞取りではやはり海女漁で使われていたとの証言が多く、しかしながらどのように利用していたかは判明せず。荷揚げの他に掘削しなければならなかった理由をご存知の方、是非とも情報提供をお待ちしております。

注意点
釣師海岸の斜坑については沖合漁業の関係者が岩舟にある漁港の漁船道具を保管していた、などの情報を頂きました。この件について元大原町漁業共同組合の組合員に真相をお尋ねしましたが確証を得る回答は頂けませんでした。また勝浦海上保安署ではその存在を把握しておらず、使用用途は不明とのことでした。

参考 - 釣師海岸の謎の穴
http://archive.ph/wip/qUhu4

有名な「山さ行がねが」さんでこの釣師海岸の斜坑へ実際に入ったレポートがありました、途中で断念されていますが勇気ある撤退だと思います(非常に危険な斜坑だとわかります)。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

使用用途が時代を経て変化した?

それにしてもこの穴、どうにも不可解でなりません。地形から何かヒントが得られないか航空写真と過去の地域資料を改めて精査すると一つの可能性に行き当たりました、それは海女漁が行われる以前よりこの地で小規模ながら行われていた農地に関する古い資料でした。

そこには、

この地域では海岸へ向う扇状斜面において古くから農地の開墾が行われており、水田や田畑などの棚田が運用されていた(長文を意訳)

という一節。



なるほど、現在の地形で確認すると釣師海岸の北側には類似する地形で確かに農耕地跡が見てとれます。



注意点
現在は廃田、一部の土地が小さな家庭菜園のような形で利用されています。

国土地理院で確認すると小浦海岸の北側は水田の地図記号が表記されています、ならばと思いその水田風景が判別できる古い航空写真を探しました。

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ありました、1975年の航空写真では既に廃田ですがその姿を確かに確認できます。

釣師海岸の穴は斜坑で1960年代までは内部は階段状になっており、その両脇に漁業道具が置かれていたとの証言。他に小浦海岸のような穴は存在せず、何より一番重要なのが釣師海岸へ繋がる農地がないということ。

長浜海岸は塩田川水系塩田川からなるひょうたん池(自然の池を人工護岸した堰でひょうたん堰とも呼称されます)があり、田畑の水源と排水はこの池が担っています。

注意点
長期間の雨や一時的な豪雨の場合はひょうたん池から漏れ出た水が地中を経由して長浜海岸の岩壁上部から滝の様に流れることが確認されています、しかしこの排水に関して人工的な掘削洞や穴は存在しません。

では小浦海岸はどうでしょうか。

小浦海岸北側には同じ塩田川水系の上塩田川を利用した田畑が古くは運用されています、房総半島には江戸時代に確立した”川廻し”という農耕地などに利用される掘削技術が発達していました。

農耕地が運用されていた当時、この農業用水の排水はどのように行われていたのか。あくまで想像の域をでませんがそれがこの「穴」だったのだとしたら。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

現地で穴の位置と田畑であったであろう斜面を点と点で結ぶと排水の理に叶った直線が描かれます、また1975年の航空写真にはその直線上に薄っすらと細いガリーのような地形も確認できます。これがガリーだとしても、人工的な排水路だとしても、この穴の用途としては海女の荷揚げ場所より説得力はありそうです。

よって海女漁が過渡期を迎える頃に荷揚げなどに使用されたとしても、当初は農耕用水路の排水口として機能していた可能性も十分考えられるというわけです。

類似する地形と農耕地としてのロケーションにおいて長浜海岸に穴がないのはひょうたん池(堰)の存在が大きく関与しており、小浦海岸に穴が存在するのは堰がない為に直接海へ排水した…と考えれば穴の謎もそう考え込むものではないのかもしれませんね。

注意点
現地で調査を行った結果、地中から染み出た水がこの穴から流れ出ているのを確認しています。加えて排水口と称したのは水路隧道としては余りに距離が短いため、隧道というには少々規模が小さ過ぎているので何卒ご理解頂けますよう宜しくお願い致します。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

農耕地開拓の純然たる様式を知り得ないので個人的な意見となりますがこの穴、もし排水路だとしてもう少し南側に進路をとれば緩やかな砂浜へと自然に向かいます。わざわざ掘削せずとも水の流れは自ずと海岸へ流れつくと思うのは素人故でしょうか、情報提供を含め今後真相がわかり次第このエントリー上に追記致します。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

棚田だったと思われる廃田場所、緩やかな斜面が北側に続きます。この農耕地跡を沿うように長浜海岸への獣道も薄っすらと残されていました。

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こちらは分岐地点、この道を藪漕ぎすると小浦地区の主要道路へ出るのですが現在では踏破不可能な状態です。一度冬季に来訪したことがありましたがやはり棚田北側は樹木が生い茂っており、引き返すことになりました。



更に小浦海岸を知っていただく為にもう少し現地の歴史をご説明したいと思います。



注意点
ロールオーバーで画像を切り替えて下さい(PC閲覧時のみ)

小浦海岸から消えてしまったもの

実はこの小浦海岸、2008年までは特徴的な景観が見て取れました。それは突出した海岸地形にあった海蝕洞です。

海蝕洞 - ウィキペディア
http://archive.ph/wip/GOOIS

現在ではその姿を見ることは叶わないばかりか崩れ落ちた岩柱跡も砂の堆積で僅かに残るばかり、残っていた当時はとても美しい景観でした。

注意点
そもそもこの一帯の砂浜は黒潮の海流(黒潮大蛇行や親潮との潮流関係も)によって侵食された砂岩と川や土壌より流出した砂によって形成されています。そもそも海食崖であった地形に沿岸流によって堆積した僅かばかり土砂、大きな河川などから新しい砂が供給されるような場所でもないので何れ失われてしまう可能性もあります。

小浦海岸の海蝕洞は海食崖の複雑な地形形成においてできたものです、しかしその状態も並みの侵食で更に進行して崩落してたものと予想されます。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

写真は旧サイトで公開していた当時に閲覧者から頂いた画像です、どなたが撮影したのかもわかりませんがハッキリと海蝕洞の姿が確認できます(砂の堆積も現在ほどではありません)。

アングルは小浦海岸の北側から撮影されていると推測されます、しかし手前が既に海の水で満たされているので船上か長浜海岸の南端に現存する同様の海蝕洞から写した可能性も。

注意点
この地域一帯の海岸は海蝕洞が形成され易い地層と海流のようで鵜原などにも類似した地形があります



注意点
ロールオーバーで画像を切り替えて下さい(PC閲覧時のみ)

1974年に撮影された航空写真では上部からその姿が。



注意点
ロールオーバーで画像を切り替えて下さい(PC閲覧時のみ)

現在公開されているグーグルマップの航空写真で同じ場所を確認すると突出する岩壁はなく、砂浜しか見て取れません。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

続いて先程の1974年に撮影された航空写真を再度見て下さい、円で囲った箇所にそれぞれ赤い屋根の建造物と青い屋根の建造物が確認できます。

これは海女漁の漁具倉庫と海女小屋です、青い屋根が漁具倉庫で赤い屋根が着替えや休憩をする場所として利用された海女小屋となります。どちらも既に解体されています、聞取り調査では1980年代には撤去されていたそうです。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

1945年の小浦海岸を含む御宿上空からの写真、殆ど開発が行われておらず浜辺と農耕地、小さな漁港しか判別できません。

これだけ山深いと現在とは生態系も大きく異なります、江戸時代(~昭和初期)にはこの地にキツネがまだいたのだとか。そのきキツネの存在を仄めかす現地の言い伝えがありました。

小浦のきつね
http://archive.ph/wip/eadBY

注意点
千葉県には他にもキツネに関する言い伝えが幾つかありますがキツネ自体がまだ野生で現存していると噂される地もあります、千葉県印西市の千葉ニュータウン開発予定地内の草原(http://archive.ph/wip/S8J7n)で2010年以降も該当地区でキツネの目撃例や撮影例も報告されています。

話単体では意味が解りませんが地方特有の抑制型(子供の悪戯や犯罪など)の比喩した伝承なのかもしれません、それにしても日本ではよく耳にするキツネとタヌキの化かしや騙しですが世界的にこの手(人を騙す)のキャラクターとして描かれるのは非常に珍しいそうです。

同じ地区には海女に関する民話もあります。

海女と大アワビ
http://archive.ph/wip/8Cp03

御宿町歴史民俗資料館にはこれらの民話や伝承、それらに関する資料も展示されています。今回の小浦海岸の机上調査と併せて大変お世話になりました。

御宿町 歴史民俗資料館
http://archive.ph/wip/2NEOS



御宿に限らず外房各所には海女の銅像が設置されています、観光地でも見掛ます。それだけ千葉県の海女漁は産業としてや観光としても重要視されていた証拠なのでしょう。

小浦海岸は美しい景観を残すと共に地元の海女の歴史を語る上で欠かせない地でもありました、美しい風景だけでなくその地に残る歴史の片鱗に触れてみるのもこの地を良く知る上で重要な役割を担ってくれるかもしれません。



以上で小浦海岸のレポートは終了ですが最後に周辺の絶景ポイントを少しご紹介したいと思います。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境


大波月海岸

駐車場から少々歩きますがここも素晴らしい海岸です、小浦海岸と同様にこの海岸にも海女や漁業に関係する小屋や倉庫がありました。現在小屋は撤去され、ブロック製の倉庫跡が残っています。

大波月海岸 - Spherical Image - RICOH THETA



スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境


長浜海岸

こちらは旧サイト運営時に行政から「詳細なレポートは怪我人を出す可能性があるので控えて欲しい」との申し出によって没となった場所、今回も詳細は控えますが簡単なアクセスルートの説明を致しましょう。

ひょうたん池から山中に向う獣道へ入ると踏み跡がシッカリした作業道が。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

アプローチする掘削隧道から高低差がある入口付近、ここを抜けると突然の岩壁上層部というロケーションに驚く方もいるでしょう。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

無事降下すると3つの海岸で一番美しいと評される長浜海岸が眼前に、スゴログとしてもこの海岸が一番オススメですが安全対策は必須です。

スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境

小浦海岸のレポート内でも既述したひょうたん池から漏れ出る雨後の滝、普段は枯れています。田畑が運用されていた当時はこのような岩壁から染み出る現象はなかったそう。



スゴログ 御宿 小浦海岸 秘境


釣師海岸

読みは「つるしかいがん」、「つりし」ではありません。ここは現状行政と地元漁業組合が立入を禁止している場所です、正確には古くに整備されたアクセスルートの進入禁止。

よって法を犯さず浜辺に到るにはラペリングなどのロープワークや岩場の登攀技術が必要となります、非常に危険ですので来訪は控えた方が良いでしょう。

この釣師海岸も旧サイトの運営時に行政側に確認をし、レポートは控えて欲しいと申し出された場所でした。

注意点
釣師海岸に関しては現在漁業関係者以外が浜に降り立つ方法はありません、アプローチルートも一般救助が困難な地形です。

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参考・協力

大多喜町(建設課・環境水道課・生涯学習課)
御宿町役場
御宿町教育委員会
NPO法人御宿DE元気
御宿町歴史民俗資料館
海女まつり実行委員会
房日新聞
外房経済新聞
公益社団法人千葉県観光物産協会
一般社団法人御宿町観光協会
旧大原町漁業共同組合(元組合員)
千葉県外房大原夷隅東部漁業協同組合
千葉県水産振興審議会海面利用調整部会
勝浦海上保安署



レポートの場所



注意点

該当区域は管理されており、無断での進入する事は法律で禁止されています。また登山物件においては事前にルートの選定、充分な予備知識と装備で挑んでおります。熟練者が同行しない突発的な計画に基づく行動は控えて頂く様、宜しくお願い致します。

スゴログの装備とその使用方法など
https://www.sugolog.jp/p/blog-page.html



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