#007 高宕渓谷


千葉県│高宕渓谷

調査:2006年05月 / 2007年06月 / 2010年05月

初めてその名を知ったのは2003年、その後機会に恵まれずやっとの思いで初来訪したのが2006年。その時の衝撃たるや否や、房総半島にこんな美しい場所が残されていたのかとただただ驚くばかり。翌年、今度はシッカリと現地調査を行いたいと思いカメラなどを持ち込んでひたすら撮影。2010年には本格的に枝()を歩き始めて旧作業道や国土地理院に残された破線林道、そして道無き場所へも足を踏み入れ始めました。

※ ガリーなどを含まない支流の意

ネット上にレポートを纏める傍ら、行政広報用に資料を提供した事で同年10月に行政の水質調査に同行。時を同じくして関西の出版社にも声を掛けて合同で取材も行いました、色々と思い出深い房総の秘境こと湊川水系高宕川。一時期はT秘境などと言う言葉で秘匿景勝地の様な扱いを受けていましたが現在では貴重な市の水源として管理されています。

1990年代から続いたこの地でのトラブルや現在抱える問題、そして近年続いている崩落などを踏まえて2010年に公開したレポートに大幅な加筆を行ってのエントリーをお届け致します。

長らくと名を隠された千葉県の秘境、高宕渓谷をご紹介します。




国道465号線から高溝集落へ細く延びる道を突き当りまで辿ると壁面に素掘りされた隧道が姿を現す、この特徴的な姿は長らくとこの秘境の地へのヒントとされていて辿り着いた者を漏れなく歓喜させて来た事だろう。

※ 明治時代初頭までは左側からピークを巻くルートが在りましたが開発、造成の為に作業道確保として素掘り隧道が用意されました。


実はこの場所の真下で川廻しが行われており、この隧道は人道用に掘られた作業道入口でもあります。千葉県の川廻しについては各々調べて頂くとして、三箇所ある高溝の川廻しには県内に類を見ない川廻しに至る理由が存在します。多くの川廻しが農業用水の確保の為に造成されています、が…この高溝の地においてはどうやら違うようで。

その答えは後程に書くと致しましょう。

ウィキペディア - 川廻し
http://archive.is/vxQaV


作業道を少し下ると間もなく入渓、U字を描く様に回り込むと素敵な風景が突然目に入る。

写真左上に川廻し用の水路隧道が見えるだろうか。そう、現在よりも4m程の上方の高さが本来の川の水位なのだ。この水位の減少はよく対を成して紹介される通称S秘境こと「関の犬岩(房州往還・馬堀坂切通し)」でも見る事が出来る、これは時代と共に水位が下がった事もあるがこの高溝に関しては川廻しが大きく作用した様だ。

当初、現在より4m程高い場所に流れがあったのだが川廻しによってその水位は2m程下がってしまう。これが写真で見るところの突き出た部分だ。

更に周囲の開発()によって水位は下がり続け、現在の地上部分にまで水量を減らす事になってしまった。

※ 周囲は林業用植林が行われており、その植林の為に土壌環境が変化。地中の水分含有量が変化した事が原因の一つではないか、との指摘もあります。

対岸に旧作業道がある事からこの場所には橋が架けられていたと思われる、作業道は川に沿う様にピークを走り続けてある場所へ向かう事になる。それこそが冒頭に書いた高溝の川廻しの理由へ直結するのだ。

【2018年現在】

旧作業道へは立入禁止です、また途中大変危険な場所(旧々作業道への枝付近)もあります。


入渓して直ぐにあの美しい風景を眼のあたりにして興奮冷めやらぬ間に今度は奇岩が姿を現した、本来なら川の底に眠っていた物だ。

が、どうやら違う。

岩を良く観察すると刻まれた水流紋の高さが壁面と異なる、時代や場所を特定するには至らなかったがどうやら左側の壁面から崩れ落ちてしまったのではないか。更に言うならば、恐らくは天地が逆に成っていると思われる。

そうならば岩上部に草が生えている事も納得出来る、最初から土が残っていたのだから。

【2018年現在】

左側壁面が更なる崩落を発生させました、その規模は大きくて数トンの岩が2個(ウチ1個は更に割れています)沢へ落ちています。

その岩盤が支えていたと思われる樹木も一緒に沢へ落ち込み、景観を随分と変化させてしまいました。これらの要員は一つに地中の水分含有量が近年になり更に減少した事で泥岩質の壁面が乾燥、剥がれ落ちる様に表層面から崩壊を繰り返しいると思われます。

また2014年の記録的な豪雪に関しても付近の環境へのダメージは大きく、それ以前と後ではいたる所で景観が異なっている事を確認しました。


1990年代までは静かで地元の水源として大切にされていたこの高宕川、来訪者も行政関係者や地元の釣り師位しかいませんでした。ところが2000年に入って直ぐ、とんでもない輩が登場します。とあるウェブサイトが主催したミーティングでディフェンダーユーザーが大挙してこの沢へ車で入渓したのです、これは完全な違法行為でした。

それからもバイクでの乗り入れは絶えず、最近でもSNS「みんカラ」などを少々漁るとこの地に車で乗入している不届き者達の自白レポートが沢山見れるかと思います。

これらは後に警察が出動するトラブルにまで発展し、現在では地元の方の注視が厳しく成って来ました。この様な自然破壊行動は許容しては成らず、模倣も絶対に許されません。


房総半島特有の滑床、緩やかな流れが足首を優しく撫でていきます。


最初の川廻しから暫く歩くと最初の滝「黒滝」が見えて来ました。地図上ではこの場所に成ります、丁度2本の滝が合流する地点で水位が下がりきった後に人口滝として造成されています。


黒滝、左側には歩幅の狭いステップが切ってあります。

この黒滝滝壺周辺は数多くの甌穴が存在しており、造成時に大分無理をした形跡が見て取れます。甌穴は大小20個程あり、大きな甌穴は地下で繋がっているものもあります、その所為か比較的大きなウグイが沢山泳いでいました。

ウィキペディア - 甌穴
http://archive.li/BBNvg

付近にはアカガエルが沢山、そのオタマジャクシと思われる大群も。ただこのアカガエル、ヤマアカガエルなのかニホンアカガエルなのか個体差が多過ぎて良く解らなかった。要勉強、である。


黒滝の滝上部の分岐丘陵には見事な複合根を見る事が出来ます。


黒滝から二俣となり、東側に向かうルート(左俣支流)と南側へ向かうルート(本流)に分岐する。まずは東側、黒滝から正面を直進するルートを進むとしよう。

地層段上の滑床を少しばかり歩くと最初に見えてくるのは高宕左俣支流最初の滝、「左俣支流第一滝」だ。緩い斜度の高低差2m程の滑滝で特徴もない、枯渇気味の支流なので雨量の多い天候意外ではほぼ流れは無い。


背の低いゴルジュに左右を覆われると小さいながら水流の音が聞こえてきた、中央の玉石まで歩みを進めてみよう。

因みに現在の本流と比べて両壁の侵食高が在るのはこの支流こそが「本流だった」頃の名残。つまりは侵食高の高さまで昔は水量が在った事を示す、入渓地点の一番高い高さまで水流が存在したのだ。


地図上ではこの辺だ、そしてこの地点でこの渓谷では大規模と言える造成地でもある。


ゴルジュ入口から右へ折れて数メートル、水量が極端に少ない滝が現れた。これが「宮内滝」だ、宮内滝は変則階段状の滝で5m程の三段瀑布。

壁質はナメで滝壺は70cm程と浅いがロープ+滑り止めグローブが欲しいシャワークライム覚悟の滝、増水時にアタックしたら面白そうだ。

さて、この上部には川廻しの跡が残るのだが既に支流としてもその存在意義が殆ど無いまでに水量を減らしてしまった。勿論その理由は川廻し自体にあるのだけれど、この滝の上部では一体どの様な造成が行われたのかを見てみようか。


1800年代中期、この渓谷はこの様な姿(水色線)をしていた。

二つの支流が合流するこの宮内滝が高宕渓谷最大の滝としてその存在感を誇り、南側の本流はその間々別の支流として流れが続いていた。一方、この左俣支流(地図上では上へ延びる当時の本流)の上流部では開発が始まっており、水流は減少しつつあった。それに加えて川廻しによって流れが大きく矯正された事で環境は一変、この様な極少量の流れと成ってしまったのだ。


この造成、水色線の東側の平地を生かす為に行われておりまして。その利用の為に渓谷自体に実に大規模な川廻し(赤丸箇所)の造成が施工されたのでした、してその平地利用の目的とは。

千葉県唯一にしてこの渓谷最大の謎である川廻しの理由、それは「牧場運営の為の川廻し」なのです。どう言う訳か山中に広がる平地を利用して牧場運営を計画した方がおられました、この件に着いては本流を歩くと共にご説明していきましょう。


左俣支流は滝に阻まれて遡行出来ないので南側ルートの本流に戻りましょうか。


ここからは暫く川廻しの件は忘れて頂いて本流とその支流について説明したいと思います。

現在の本流は元々水量が多くは無かったので両壁の背は低め、流れも穏やかで滑床ながらとても歩き易いのが特徴です。太い木々が根を張る場所を見ても最大で1m有るか無いかという程の水位でしょう、恐らく大雨でもそこまで水量は増えないと思われます。

黒滝から1分程歩くと右側に細い支流が確認出来ました、右俣第一支流です。右俣には複数の支流が存在する為に便宜上番号をふっていますがこの支流は最初の枝で流れは殆どありません。

ですが他と比べて太い支流の様です、興味が沸いたので詰めれる場所まで歩いてみましょう。


場所はここ、支流に入って直ぐの地点です。


極々僅かながら登りが続くようです、途中には複数の滑滝がありますがロープやムーブを必要とする箇所はありません。人が入る事はまずないので獣の気配位しかない高宕渓谷でも原風景を残した場所です、更に進んでみましょう。


周囲を観察しながらゆっくり進む、両壁は泥岩質ではあるがよく乾いていたので殆ど水流がない事が解る。


途中、大きな崩落箇所に差し掛かる。狭いゴルジュを縫う様に延びるのは房総半島山中のお家芸。複雑に入り組んだ倒木を丁寧に確認しながら越えて行く。


枝を歩き始めた頃は殆ど平行と言える斜度だったが暫くすると段瀑とまで表現出来ない広いスパンの階段状の傾斜に成って来た、等高線を見ても少し登る事が解る。


小さな滝、階段状で標高を5~6m程上げる。流れは極微量、少々滑る。


ここで可愛い森の住人に出会った、ヤマカガシだ。やや小ぶりだが既に成体の様、写真の様に可愛いヤマカガシだが実は毒性は可愛くない。

【ちょっとだけ房総ヘビ談義】

この場所に限らず房総半島にはヤマカガシ、シマヘビ、アオダイショウ、マムシ、その他余り目にしないけれど確実に生息しているヘビが数種類存在します。

シマヘビやアオダイショウは無毒で、噛まれても痛い位。対処としてはポイズンリムーバー(本来は蜂用で血行性のヘビ毒には無意味、雑菌吸引にも使用出来るので水中や泥の中で噛まれた場合に使用)とエタノール消毒で大丈夫だろう。しかしマムシは言うに及ばず意外と厄介なのがヤマカガシなのだ。

マムシは何かと怖がられるけれど意外と人体に対する毒性は注入量が少ない為に重大ではないとされている(毒性の強さはハブより上です)、そして先程のヤマカガシ。

ヤマカガシは大変大人しく、また噛むまでのプロセスも国内のヘビでは一番長い部類。そしていざ噛まれても牙の位置関係で毒が注入されない事が多い、私達もその辺を知ってる為に甘く考えがちで素手で良く捕まえている。時としてヘビは貴重な食料となり得えるからだ、ただ毒蛇は調理が面倒なので非常時に限るのだけれど。

勘違いされがちだけどヤマカガシには毒牙は在りません(便宜上、奥歯が毒牙として後牙類に属します)、奥歯付近に毒を分泌する器官が在って噛まれる事で傷口からその毒が流れ込むと言う寸法です。なので「噛まれても牙の位置関係で毒が注入されない事が多いと言うわけです。

ただ毒の強さだけは随一でマムシの比ではなく、国内では最も毒性の強いヘビなので扱いに慣れていない場合は不用意に近づかない事をオススメします。パっと見で似てるジムグリ、滅多に見る事は無いけど房総にも住んでるヒバカリには勿論毒は在りません。


元々狭いゴルジュに大量の雨で土砂が流れ落ち、微量だった流れさえ堰き止める箇所が幾つも在った。流れ落ちた土砂の所為で樹木の土台部分は崩落して生木の状態で倒れ込んでいた。

実はこの間々成長を続ける樹木もいて沢の遡行は時として生きた倒木に遮られる場合もあるのです。


両壁が幾分か高くなり、過去にそれなりに水量が在った事を匂わすゾーンへ。


特にカーブが連続する場所は壁面に大きな力が加わるので抉れ方に特徴が出ます、これによって過去の水位や水量などが予測出来る訳です。

例えばこの写真から解るのは最大水深は約5m程、そこから4m、3m、2m、と5層に分かれていてそれぞれある程度の水位で時間が経過した事が読み取れます。2m部分までは苔の侵食が少ないので意外と近年(と、言っても数十年単位ですが)まで水量があったと思われ、1m付近の時が一番水流が強かった事が壁の抉れ具合から判別出来るでしょう。

カーブの手前より下流側(写真で言えば手前)が深く抉れている事からも地層ではなくて水流による圧力であったと解る訳です、故に内側は緩やかな斜面を描いているのです。


地図に描かれていない支流の、恐らくは通常装備で到達出来る最終地点。ここからは安全を確保しながら土砂を乗り越えたりする為にスリングやロープなどの装備が欲しいところ。


この写真の奥は左側に回り込む様にカーブしていて更に段瀑と思われる階段状の地形になっていた、それぞれが人間の背丈より高い為にその間々登攀する事は難しい。

左右どちらかの斜面を登り巻くか、別のルートを開拓する必要があるだろう。私達の今日は既にこの支流から離れており、本流に戻る事で頭が一杯だったので今回はこの辺で撤退するとしよう。


本流に戻り、地図上で大きくカーブを描く場所へ。


高宕渓谷で有名な玉石が丁度90°折れる場所に長い間鎮座している、少なくとも20年程はこの場所に存在している。石の表面は苔生しており、やはり長い間この石を覆うほどの水位に達していない事が解る。

枯渇する事はないが決して潤沢でない限りある貴重な水源である様だ。


更に上流へ。

この辺は流れが殆どないが若干水深がある、場所によっては膝ほどに達する程だ。両岸から樹木が伸び、鬱蒼とした雰囲気はより一層色濃く成って来た。

【2018年現在】

周囲の樹木が幾ばくか伐採されており、人の手が入っています。探索当事は鬱蒼としていましたが現在は空が見えて明るい雰囲気に成っています。


床底が落ち着かなく成って来た、深くなったり浅くなったり部分的に抉れていたり。そして前方から少しづつ水が大量に流れる音が聞こえて来る…そう、この先にはこの渓谷最大の見せ場である県内でも最大級の人工造成滝が。

林業型川廻しとして最大規模を誇る、高低差約30m(1980年代の測量では27mとある)の滝としても有名だ。


目の前の小さな滝を越えるとその姿を現します。


地図上でも川廻しの記載が、この地点が高宕渓谷の魅場でもあります。


急駟滝。

急傾斜の人工瀑で高低差はこの渓谷最大、手前の緩やかな傾斜の所為で解り辛いけど造成時に掘られた素掘随道までの高さは流石に迫力が在る。高宕渓谷での川廻し第1号、この大きな造成から牧場開発は開始されたのだ。

現在では急駟滝の右岸を登る事が出来る、増水時だとしてもシャワークライムとは程遠いただの遡行で90年代後半に張られた古いロープが今でも残っている(数年毎に新しいロープや付け足しが行われている)。

この地理を詳しく紹介しているサイトがある、房総の河川や滝の遡行に役立つ情報が満載だ。

滝を観る
http://archive.li/0hpLm

このサイト内にこの「急駟滝」を詳しく説明している一文が在る。



1995年にこの地域で、千葉県教育委員会発行の「高宕山ニホンザル綜合調査」報告書が刊行されているが、滝の記載はなく、川廻しとも認識していなかった様で、急駟滝下流の支流流路を高宕川の本流とする図と成っている。

滝として最初の発見者は、君島安正氏と思われ、1980年頃から氏によって所在が知られる様に成った。

名称も当然記録が無く、地元の郷土史家、故菱田忠義先生の教示による。人工の滝であるので、本来名称が無かったと思われ、謂れなどは明らかでない。漢学の素養がないととても付けられない名前で、菱田先生が故あって命名されたのではないかと想像しているが、確かめようもない。

尚、1993年刊行の、「続・千葉県地学のガイド」のP119~124、14.高宕川の上流にこの滝の地質が紹介されているのが、最初の文章記録である。ただ、この紹介では滝を自然の滝と誤認した文章となっている。



それではこの高宕渓谷と呼ばれる秘境の歴史をもう少し紐解いていこう。


滝は段瀑で構成は緩傾斜2段と急傾斜2段の複合4段瀑布、最上部より本流を望むとその高さが解る。

本来はこの滝の手前で大きくカーブし、宮内滝へ川は流れていた。丁度宮内滝の手前が2つの川の合流部だった事で今とは比較に成らない水量があった事だろう。

この大規模な造成は繰り返し記載しているが「牧場」を作る為のもの、明治初期から計画されて着工出来た当事の思い切りの良さは尊敬の念を抱かざるを得ない。

全国的に見ても川廻しの殆どは千葉県の上総地方に集中していてその殆どが農業型だ、林業型は少なくて更に牧場の為と成ると恐らくは唯一例と言えるだろう。


急駟滝上部の素掘随道、高さ6m余り(洞内中央は3m程)も掘ってある。これは川底の高低差を考慮しての造成だった様だがそれにしても掘り過ぎだ、房総の川廻しはたまに大規模な造成が見て取れるのだが詳細な理由が判明しない物に出会う事もある。

さて、写真の左側に実は薄く踏み跡が残っているのが確認出来た。良く見れば階段状に成っているではないか、GPSで確認するとこの1m程の高さを上った先が開けた平地として描かれている。

そう、今回の目的地である棒苦情造成地「高宕山牧舎跡」だ。


目線を上げると壁面上部が抉れた様に見える、しかも随分と高い。いや、まさか…そうなのであろうか。恐らくは江戸末期までこの地においてこの場所は、水深6m以上の深い川が走っていたのだろう。その流れは凄まじく、また直角に曲がる箇所ともあって長年の水流圧で岩を侵食し続けたのだ。


小さな崖を駆け上り、恐らくは牧場への入口付近。鬱蒼と茂る左側を含めて川の底だった場所だ、当事樹木は一切無かった筈なので長い年月を掛けて自然が彩りを加えたのだろうか。


地図上ではこの平地部分、確かに現地でも平地が広がっていた。


土砂が流れ込んで一帯はすっかり普通の地面だ、何本かは太い樹木が育っている。周囲は行政の計画植林で杉だらけだがこの場所は異なる複数の樹木がお互いを牽制する様に建ち並んでいた。

この高宕山牧舎、先程記載した滝サイトと地域民俗学の資料に記録としてほぼ同様の事が書かれていた。抜粋してご紹介しよう。



川廻しされた場所は、小字「牧舎」という所で、現在では、えらい山奥で、完全放置された林地と化しているが、牧場として開発された物である。

この牧場は、明治時代に開発され、「高宕山牧舎」と言ったとの事。

「株式会社、高宕山牧舎、営業所を宇藤原におき、明治21年3月環村高溝の吉田栄蔵他が設立。明治33年株式会社組織となり、社長吉田米蔵。収支つぐなわず廃業。いつ止めたのかは不明である」(富津市史編さん委員小沢先生より聞き取り)

この牧場については、もっと調べないと解らない事が多いのだが、川廻しは、牧場造成の為に行なわれたと思われる。川廻しの目的が牧場造成の為であった例は、房総ではこの例だけである。

尚、この牧場は造成後、下流に荒廃をもたらした様で、現在宮内滝から黒滝にかけての旧本流の河床には、細粒の赤い土でできた、比高2メートル以上の段丘化した地形がある。 これは、造成後(あるいは牧場放置後)に下流に流失した牧場の造成土の堆積跡と思われる。

この地形の為、本来の本流の谷が、支流の谷より狭く成っていて一見本流に見えないという変わった景観を示している。



牧場だった思われるこの場所、本流だった水路が大きく迂回する右岸付近だ。1888年にこの牧場を建設する為に造成された特異な景観を見せる県内唯一例の川廻し、本来なら本流から十分な水量を誇る高宕川は湊川の湧水地から続く水系の一つとして現在も付近の山々と下流の集落に豊富な水源を提供していた筈だ。

1990年代、更に土地の含有水量が減り、2000年代に入りその減水は顕著な物と成った。1960年代から下流集落の水源として行政管理が入り、水管工事も行われて現在でも水質調査などが年に数度行われている。

更に正確に言うならば。

近年給水区域が市内全域に広がり、水質調査が頻繁に行われています。特に高溝、宇藤原地区は平成24年から給水区に指定され、該当地域だけなでなく市の水源として注目され始めました。

この様な特殊な環境の現代の資源管理の観点から、高宕渓谷は人々の手によって守られていくべき地域である事が解ります。

しかし。

2000年代に入って雑誌、TVに取り上げられ一時期地元の方が驚く様な人数の訪問者がやってきました、恐らくそのピークは2004年頃だろうか。インターネットの黎明期を過ぎて発展期と成る時期だ、情報発信は個人のウェブサイトからブログと言う新しい媒体へ移行し始めて誰もが簡単にサービスを利用出来る様になった。と、当事に多くのトラブルが続き、有名な四駆集団や無秩序なBBQ団体、極一部の無法林道ライダーがこの場所で自然破壊行為を行う。

地元の方にお聞きした話では黒滝を乗り越え、急駟滝までトレール車両で走ったツワモノもいた様だ。一時期は車両侵入禁止の看板が立てられて現在の素掘り入口付近へ近づく事も出来なくなっていた程。

当然の事ながら今でも下流に住む集落の水源として使用されており、一部は個人の所有地でもある。房総には沢山の景勝地が在ってこの場所もその一つだ、折角残っている美しい自然を自ら壊す道理も無い。願わくば川廻しによって土壌さえ変化してしまったこの土地にこれ以上の危機が訪れない事を祈るばかりだ。


さて、一通りこの高宕渓谷に関する魅力と歴史を知って頂けたと思う。ここからはやや蛇足ではあるけれど個人的にもう一箇所素晴らしい景観があるのでご紹介しよう、と言っても本流を少しばかり遡行するだけのだが。


急駟滝上部へ戻り本流の上流へ歩みを向ける、ここからは水量は減少したものの手付かずの本来の高宕川の姿が暫く続く事に成る。

良く見れば至る所に過去の水位を推し量る形跡が発見出来る、緩やか傾斜がつく沢をもう少し登り詰めると眼前に自然の堰が姿を現す。


時間にして3分位だろうか、地点はこの辺りだ。


そう、この場所だ。何故かこの場所だけより鬱蒼と茂る樹木に左右を覆われ、古くは川底に沈んでいたであろう小規模の岩群。薄っすらと刺し込み陽射しが優しく、一層雰囲気を醸し出していた。

牧場の裏手に成るのか、足元の岩にはやはり人の手が入った形跡が。


対岸と牧場繋ぐ人道(橋)は実は至る所に設置されていて朽ち落ちた今でも橋梁の基礎部分を見る事が出来る、実は牧場跡の周囲には甌穴とは明らかに違うこの様な穴が規則正しく幾つも掘られている。

今は昔、自然の回帰能力によってその姿は少しづつではあるが”元”の形へ戻っていくのだろう。


綺麗なナミハンミョウがアチコチで乱舞している、昔から言われる「道教え」の通り、近づけば遠のき、また振り向いてこちらをじっと注視する仕草に誘われ、私達は帰路についたのでした。

【参考・協力】

富津市教育委員会
富津市教育部生涯学習課
富津市農林水産課
高宕山ニホンザル綜合調査報告書
続・千葉県地学のガイド
高溝地区



【レポートの場所】



【注意点】

該当区域は管理されており、無断での進入する事は法律で禁止されています。また登山物件においては事前にルートの選定、充分な予備知識と装備で挑んでおります。熟練者が同行しない突発的な計画に基づく行動は控えて頂く様、宜しくお願い致します。

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