2019-11-21T04:19:26Z #025 白雲瀧

#025 白雲瀧

偶然の発見であった白雲瀧、華厳の滝の急速な観光地化が進む中で忘れ去られた絶景瀑布は今も尚その素晴らしい景観を保っていました。滝の湧水地や歴史的にも貴重な廃橋、一時代を築いた観光道など地形変化が目まぐるしい危険なプローチを含む周囲の自然状況などを詳しくレポートしました。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝
栃木県│白雲瀧

調査:2010年7月
再訪:2011年08月 / 2014年05月 / 2015年7月 / 2017年08月
公開:2010年10月25日
名称:正式名称→白雲瀧(白雲ノ滝)
状態:継続的に崩落が進行中

旧サイトで複数回に分けて公開していたレポート内容を2017年現在の調査内容に統合して再エントリーしました。また古くなった情報などは精査して削除しております。


日光の一大観光地の裏側に人知れず残された絶景が

1980年代。釣り人の間で密かな渓流スポットとして話題になったものの、殆どの方はその存在を知らない中善寺の滝があります。この地での滝、そして観光といえばやはり華厳の滝を思い浮かべるかと思われますが2000年代に入り、再びその名が認知されることになります。

山さ行がねが - 橋梁レポート 華厳渓谷と鵲橋
http://archive.is/SxsT7

廃道というジャンルでは極々有名な「山さ行がねが」、上記のレポートでは「鵲橋」が主軸として語られていますがスゴログではもう一方の重要な存在「白雲瀧」を詳細に語りたいと思います、大絶景といえる270°から湧水する段瀑は他に類を見ない特殊な景観でもありました。

時の流れと共に消失した観光道とその整備途中に発見された奇跡の滝、華厳の滝から程近い深い山中での調査レポートをご覧頂きたいと思います。



スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

これから向う事になる白雲瀧、そこは観光客で賑わう華厳の滝の目と鼻の先。そこへ至る唯一のいろは坂を登ると雲海を抜けた様で眼下には放射霧が見事に覆っていました、陽が昇り朝の寒暖差でこの辺りではよく見られる風景です。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

更に標高を上げると気持ちの良い夏空が顔を出しました。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

目的地である白雲瀧を地図上で確認します、有名な華厳の滝から直線距離で北東約200mの辺りでしょうか。岸壁に囲まれてアプローチは容易ではなさそうです、直上からの降下はまず不可能でしょう。

で、あるならばロープを出すか徒歩のみで降下できるポイントを探さなくてなりません。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

事前調査で中宮祠水処理センター脇の平地を沿うようにまずは岸壁まで向うことを考えていたので道路沿いに旧道などが存在しないか、まずは現地見聞から開始します。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

GPSで現在位置を見失わないように行動開始

「山さ行がねが」でのレポート内で記述のあった「左 華厳瀧壺」の石塔を発見、どうやらこれが星野五郎平が整備した旧道の入口で間違いないようだ。

ここで簡単に「白雲瀧」に関して説明したいと思います。

白雲瀧は1890年から星野五郎平が華厳の滝の滝壺までの遊歩道整備を開始したのが切っ掛けで2年後に発見されるた段上瀑布です、整備当初からこの滝の存在に気付いていた星野五郎平ではりますが当初より華厳の滝だと勘違いしており、1892年に滝左岸に着いて初めて別の滝だと判明したのでした。


スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

滝壺までは右岸壁面に沿って開拓され、1900年には10年の歳月を掛けた苦心の傑作道が完成。この滝壺への遊歩道の正式名称を、

五郎平茶屋滝壺道

といいます。五郎平自らが名付けた名称でその道すがら、白雲瀧を越える為に設置された橋は「鵲橋」と名付けられました。当初は吊橋で何度か架け直しをした記録も残っています、木造化したのは大正後期とも昭和初期とも言われていますが写真として残っているのは昭和に入ってから。

ではこの道を切り開いた星野五郎平とは何者なのでしょうか。

星野五郎平は中宮祠(中禅寺湖付近)に住む華厳の滝に魅せられた一般のご老体だったそうでして、特に道路整備などに携わった方ではないそうです。沢山の人に地元の宝「華厳の滝」を見て欲しい一心で滝壺へ遊歩道を整備し、茶屋まで開いた奇人と呼ばれた明治中期のご隠居様といったところでしょうか。

整備後、大正時代位までは「五郎平茶屋滝壺道」と呼ばれ、その後は「華厳瀧壺道」に改称されて沢山の人が往来したそうですが現在は廃道ともいえぬ自然へ還ってしまいました。

これら橋や廃道に関する歴史などは後ほど語ると致しましょう。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

地図を確認すると岩壁の切れ目が見て取れます、しかし等高線の密集度は高くてまともに降下できそうには思えません。

注意深く周辺の地形調査を行います。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

等高線が密集する場所まで辿り着くと前方が開けています、しかし眼下には蒸発霧が発生していてどの様な地形なのかは確認できませんでした。

ただこの蒸発霧が下方に滝や河川があることの証明にもなっています、一部土砂崩れの形跡も見られますが頑丈な樹木の根を頼りに降下を開始しました。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

降下を開始すると意外と地面が締まっていること、斜度はキツイが植物の根が程よく張っていることなどでロープを出さずとも安全に降りれそうです。

雨後のマディではかなり危険ですが晴れが続いていた幸運で問題はないようです、まずは行けるところまで細心の注意で歩を進めます。

注意点
この様な場合、最初に考慮すべきは帰路の確保が可能かどうかです。一般的に登りは容易で降下は難しいというイメージがありますが不慮の事故による怪我、シャリバテ、バンプアップなどで自力登攀が困難となる場合は少なくありません。

ルーファンにも影響されますが一見緩やかな地形でもロープに余裕がある限り、この様な場面では設置してから降下することをオススメ致します。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

アプローチ開始直後に危険な山場を迎える

先ほどから斜面を下って気に成っていた左側の細い滝、どうやら私達はこの細い滝に合流して更に岩壁の下方へ回り込むことを余儀なくされそうだと理解します。

再度地図を確認するとこの滝と思われる流れは上部の「中宮祠水処理センター」の排水であるようです、更に言えばこの排水は「終末処理場」の放水なので下水やし尿処理関係なのは間違いありません。

自然放水されているので甚大な害はないと理解しつつ、やはり気持ちの良いものではありません。



中宮祠水処理センター
http://archive.is/saVnX

地域の水質保全計画に関する書類にも記載がありました。

第3期 奥日光清流清湖保全計画(2016年)
https://bit.ly/2VJKyOj

大変興味深い報告書です、是非ご覧下さい。

さて、件の滝(自然排水)を降りると本当の核心(一番危険な場所)はそこにありました。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

排水に滑ている岩場には崩落により重なりあった板状の浮きガレが姿を現します、そしてそのどれもがグラグラと揺れ、体重を安心して掛けられる場所が余りありませんでした。

先行して親綱を張るためにセーフティ用のロープを出します、滑浮きのガレ場と斜度のキツイガリーを渡り、樹木の根にフィックスロープ設置。

これで一先ず後発組の安全確保は大丈夫です。


注意点
2014年の記録的な豪雪と2015年の連続台風によってこのガリー部分が大きく崩落しました、2013年まではノーロープで行けましたが現在は安全を確保するためにフィックスロープを必須としています。

また小規模な土砂崩れも頻発しているようで行く度に地形が微妙に変化しています、大変危険ですので来訪に関しては安全上の留意をお願い致します。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

写真中央の浮きガレを越えると120m下方までズリっと落ち込んでおり(崩落場所)、ここが非常に危険なのです。草木が生えていると解り辛いですが斜度もキツク、滑落すると引っ掛かりもないので怪我ではすまされません。

奥の人物が先行してフィックスロープを設置しているのですが、その場所も地面が緩くて安全とは言えません。


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注意点
手前に見えている大きな板岩の殆どがグラグラと動きます、安全性の確保は非常に困難な場所です。手足の動きとホールド箇所と共にバックパックなどが邪魔に成らないように慎重に進む必要があります。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

崩落箇所はこの様にフィックスロープに簡易安全帯(スリング+カラビナ)などを通して一人づつ核心を越えていきます。

この様にパーティ人数が多い時はロープも潤沢なので安全第一を念頭に策を講じていきます、ですが冬季の来訪はまず無理だと考えた方が良いでしょう。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

2013年まではここからアプローチは非常に容易でした、しかし先程も既述しましたが2014年及び2015年の自然災害で大きく崩落した為に現地では危険なトラバースが増えてしまったようでした。

核心を越えてほっとしたのも束の間、今度は足元が緩い(ややマディ)斜面を慎重に歩かなくてはならない状況へ。

ここでもフィックスロープを設置し、後続の安全確保を行います。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

岩壁沿いのトラバースから小さな尾根筋へ歩を進めます、今までの岩壁は急に斜度を取り戻しているので歩きやすい土の斜面へ自然と誘われる形になるのです。

この小さな尾根筋は2本ど見えますが途中からまた壁際に寄ると下方に水の流れが確認できました、辛いアプローチを切り抜けてとうとう目的の白雲瀧が姿を現します。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

眼前に広がる大迫力の湧水地

大自然が創った素晴らしい絶景、筆舌に尽くし難いとは正にこのような状況をいうのだと実感させてくれるます。

ただただ、本当に美しい場所です。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

地図上ではこの辺りです、華厳の滝同様に凄い場所に存在しています。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

滝の湧水地直下、背となる岩壁の至る所から膨大な自然水が放出されています。よく見ると足元のガレの隙間からも少量の水が湧き出ているようです、有名な華厳の滝に隠れてこのような場所が存在していたことに驚きを隠せません。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

国内でも類を見ない希少な複合瀑布

白雲瀧(しらくもたき)、白雲ノ滝(しらくものたき)とも呼ばれるこの滝は周囲270°の岩壁や地面より湧水している段瀑です。

星野五郎平が華厳の滝の滝壺へ続く観光道を整備する中で偶然発見したこの滝は、その湧水量によって発生する轟音の所為で当初華厳の滝と勘違いされたほど。

もう少し歴史を掘り下げてみましょう。

日本国内では日本三名瀑の内に数えられ、古くから愛された華厳の滝。発見者は勝道上人との説が常説とされていますが諸説あるようです、また命名は仏教経典の1つである華厳経から。付近の滝には五時八教説からそれぞれ命名されましたが滝自体は地域の方に昔から知られていました、豊富なら水量を誇る中善寺から流れ落ちる美しさは歴代の偉人達にも影響を与えた多くの記録が残されています。

その中で汚名として刻まれる史事に「自殺の名所」とされた時期があります、有名な藤村操の投身自殺がキッカケとでその後に出版された雑誌に掲載された「巌頭之感」が多くの文学家達の興味を引く結果とりました。

藤村操の通っていた、一高で彼のクラスを英語教科で担当した夏目漱石の晩年に暗い影を落とし、投身自殺と言う話題性も有ってその認知度は意図しない方向性で高められたのは否めません。しかし本来の瀑布としての美しさで多くの観光客を魅了し、今では過去となったそれらの史実ですが1890年(1892年頃との記録も)に双璧をなす美しさと評された滝が発見されます。

それが白雲瀧です。

冒頭でも少々説明しましたが改めてこの滝の発見に関して掘り下げてみます。

白雲瀧は華厳の滝の滝壺へ至る道を開拓した星野五郎平が整備過程において発見しました、1890年から開始された滝壺までの遊歩道開発で思いもよらない副産物だったのは間違いありません。

明治時代後期から昭和初期まで(昭和10年位までとの記載資料あり)は華厳の滝を擁する華厳渓谷に渓谷遊歩道が設置されており、華厳の滝の滝壺から現在の国道120号線(いろは坂内)途中の大谷川支流まで数キロのトレッキングコースが存在していました。新しく発見された滝を含む滝壺への道は1900年に完成しており、華厳の滝エレベーターが完成して幾ばくかの間まで約40年近くは使用されていました。

実はこの華厳渓谷、釣り好きの間では意外と知られていまして。また昔から太平山に出入りしている猟師の方や地元の釣り好きにとっては閉鎖されてからも良く訪れる場所としてその道筋は残されていました、しかも馬道発電所が設置されてからは関係者や工事関係者が工事作業路として使用していたと資料に記載があります。

注意点
華厳渓谷の数箇所は馬道発電所の管理区域と成っていて立入禁止です。
華厳瀧付近は市が関している管理区域と成っていて立入禁止です。

つまりは廃道でも廃橋でもなく、現在も一部の人には使用されている現役の人口整備道(橋)だったワケです。その証拠に鵲橋付近は近年小規模ながら工事の手が入っています、橋自体の補修は予定に無いそうですが階段や道は今後も追加工事が行なわれています。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

周辺の詳細調査

今回は滝周辺の地形調査なども当初から考えていました、滝の確認ができたので次に対岸へ向って恐らくは人が入ったことが殆どない場所を歩いてみたいと思います。

現地見聞と史実の机上調査から確認したい点などを踏まえ、

① 源流帯の撮影
白雲瀧の湧水現場を確認、複数存在するのでできる限り資料写真として収める。写真と動画は行政へ提供し、地元メディアにも報告。

② 渡河して対岸へ
白雲瀧を渡り、河(滝)内や周辺の地形などを調査。

③ 対岸の風景と旧開発道の発見
明治時代の初期観光開発道の発見と当時の遺構を発見し写真に収め、地図と航空写真で確認出来る急斜面の現状を現場調査。

④ 対岸から鵲橋を撮影
対岸の帯状丘(右岸2本目の丘)から鵲橋を撮影、初来訪時に橋上から”行けそうだ”と見えた場所へ実際に向かう。

⑤ 机上調査の現地実証(後述)
この白雲瀧へ至る遊歩道に関して事前提供されていた情報を元に現地検証、また資料との合致箇所探索。

この5項目の実行です、これは初来訪当初から現場調査を行いたいと考えていた内容で各関連機関に協力を仰ぎながら情報提供を収集していたのでした。



最初はこの白雲瀧の湧水地の確認である「① 源流帯の撮影」です、華厳渓谷の河川の水源は地質学的には男体山の地下水脈(伏流水)、後天的要因として男体山の噴火によって大谷川が堰き止められた中禅寺湖が挙げられますが近年、男体山との位置関係や形成に至る迄の地殻変動等に関して諸説議論されています。

過去を説けば白雲瀧と華厳滝は別の水源だった可能性も指摘されており、周辺一帯は専門の地質学の世界でも現在進行形で多角的に考察中なので明言は避けたいと思います。

現状は華厳滝(溶岩瀑布)は中禅寺湖と人工堰によって地中に漏れ出た地下水、白雲瀧(潜流瀑布に近く、分類的に溶岩瀑布では無いが噴火の為の堰も形成要因の一つと言える)は加えて直接的に男体山の水脈からもその水源を得ていると言えるでしょう。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

が、この地の形成は非常に複雑で詳細は割愛させてほしい。今回は来訪地の白雲瀧に主題を絞って説明していきます、念頭に男体山と華厳滝、白雲瀧の位置関係を地図を確認して覚えておいて頂けると幸いです。

まず、解説を一本化しても表層的な説明が複雑化するのは主水源と湧水量が比例しない事実に起因します。

日本地質学会によれば中禅寺湖からの下流への流水率は華厳の滝が19%、白雲瀧(+周囲の伏流水)は37%。複数の水源を得ている白雲瀧の方が華厳の滝より中禅寺湖からの流水総量が多いのですがその主な理由は地形です。

大きく湾曲してみえる大谷川の流れが実は地下水脈では白雲瀧へ直線状に伸びており、華厳の滝は高低差の所為で別滝と認識される十二滝の流水率が36%と多い事も特徴的です。

因みに残りの8%は地下水脈によって足尾山地へ浸み出しており、自然の地形造成と人工的な観光地整備により白雲瀧は豊富な水量が約束されている状況なのです。これらを総考すれば中禅寺湖からの総流水量の81%(華厳滝伏流水/十二滝:36%+白雲瀧:37%+足尾山地への地下水脈:8%の合計)が地下水脈を通して各湧水箇所へ漏れ出ている事が解ります、これらを踏まえ後程再度話題に出てくるので覚えておいて頂ければ。

この白雲瀧に到着直後の写真は40メートル程の絶壁(柱状節理)の直下斜面から湧き出る白雲瀧の水源と思われる湧水地(伏流水源)、各所から水が湧き出ている様子だというのがこれで解ると思います。



【用語説明】

伏流水
河川の流水が河床の地質や土質に応じて河床の下へ浸透し、上下を不透水層に挟まれた透水層が河川と交わる時に透水層内に生じる流水。水脈を保っており、極めて浅い地下水。

溶岩瀑布
火山の爆発で流れ出た溶岩が川を堰止め、その末端、又は複数個所で断層が生じて滝になる。華厳の滝の場合は直瀑形の溶岩瀑布と成る。

潜流瀑布
川の水が流れ落ちるのではなく、地層の中を走る伏流水が崖の途中から突然流れ出して形成される滝。白雲瀧の場合は段瀑形の潜流瀑×渓流瀑などの複数の形状特徴を持っている。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

次なるフェーズは「② 渡河して対岸へ」、初来訪からずっと考えていた対岸トレックの挑戦です。まずはロープを横断行動に必要な分だけビレイヤーがリリース、足場を確認しながらルートを構築して樹木に複数個所支点設置します。

対岸までのルートが確保出来たら不測の事態用に別ルート(最悪ロープが無くても迂回出来そうな場所)を確認、個人が安全に待機できる休憩場所を設定して後続に合図して渡河を開始します。

基本的に水場のトラバースや横断は親綱を張り、そこへセーフティ用のナイロンスリングやマッシャーで滑落防止対策を講じます。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

この滝床、実際に歩いてみると非常に危ないことが解りました。状況から判断出来るのは北側に聳える華厳溶岩壁(柱状節理)から剥離崩落した板状の岩が積み重なった状態で不安定だという事、その上に苔が群生していて滑り易く崩れ易い。

更に枯枝が集まった小さな堰の上に苔が乗っているだけの箇所もあり、足場に見えても加重すると潰れてしまうのも難点でした。


スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

白雲瀧は既に説明した通り伏流水型の潜流瀑×渓流瀑で複雑かつ段瀑という傾斜渓流瀑布、写真(右側の落ち込み方向)はこの先が最初の第一段瀑で高低差15メートルの落込みと言う場所。

足を滑らすと水中滑落の前に浮きガレの板状の岩が雪崩を起こして非常に危険、この特殊な地形というか滝床形成の為に内島の樹木は上手く根を張る事ができなようだ。触れる支点も心許無く、堆積土砂も薄い為に神経が擦り減る踏破区間でした。

華厳渓谷 白雲瀧 - Spherical Image - RICOH THETA

直線距離で200m南西には沢山の人で賑わう華厳の滝が、しかしこの白雲瀧では湧水の大音量の中で静かに時を進めていました。

どれだけ眺めていても飽きません。

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スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

各ルートの安全が確認できたので対岸へ、先程開いたルートで親綱にセーフティをセットして渡河します。ここから川幅(滝幅)が広がり、流れの水圧も増加するので注意が必要です。

今回の行動リストも「③ 対岸の風景と旧開発道の発見」へ移行、渡河後は岩が切り立った場所へ向かいます。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

対岸は常に死と隣り合わせの危険地帯

黄色く見える岩壁は高さ50メートル程、この柱状節理からボロボロと剥離崩落した板状の岩踏破予定ルート上に堆積しているので特に安全を心掛けなくてはなりません。幾つかの資料を見るとこの場所にその昔開発作業道が在った様ですが…、流石に埋没しただろう事はここからでも解ります。

更に奥左側の薄っすら見える斜面は最初の訪問時に鵲橋の橋上から見えた伏流水(潜流瀑布の湧水箇所)、流石に近年ではこの周辺を歩いた人物は皆無でしょう。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

対岸へやってきました、現状で落石はありませんが長い年月で幾度と無く剥がれ落ちたであろう板岩が堆積しており、非常に歩き辛いのです。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

こちら側に来て初めて気付きましたが地面から湧水している箇所が非常に多いです、こんな風景は見たことがありません。

しかもその量が兎に角多い、これは記録映像として残しておきましょう。


スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

代謝を繰り返す生きた柱状節理

この板岩は全て眼前の岩壁から落下してきたものです、既に地面は見えません。勿論歩いている最中に落下してくる可能性も十分にあります、大小様々ですが小さくても致命傷は免れないでしょう。

しかしこれらの岩は何故こんなにも頻繁に落下してくるのでしょうか、調べてみるとその理由はなかなかに複雑なようで。

この一帯の岩盤内部では別々の岩質互層境界部分で大きな亀裂を発生させています、それはこの岩壁全体にいえる事のようです。資料を確認するとこの一帯の岩壁上部から裏手に掛けて最初期の観光開発作業道が存在した筈ですが…流石に100年以上前の形跡は発見できませんでした。

この脆く、危険な岩質を理解した上で整備が為されたかは解りませんが継続的な工事が現代にないという事は安全が確保できない何よりの証拠だといえます。

やや上流の華厳の滝付近では頻繁に維持対策工事()が行われているので当時の地形とは大きく異なります、もし該当時代を偲ぶ痕跡が発見出来るなら人がまず入らないこの辺りだと期待したのですが残念です。

大谷川流域直轄砂防事業http://goo.gl/T6SklO

さて、ここで思い出してほしい。中禅寺湖から一帯に浸水している総流水量は全体の81%、つまりは雨などに関係なく地中には常に十分過ぎる水が絶えず流れ込んでいます。

人工的にある程度管理されている華厳の滝でさえ大規模な崩落を発生させるのですが、白雲瀧に至っては元々脆い岩盤+過剰とも言える湧水(浸水)量によって特殊な条件が揃った「形成維持が危うい滝」だとご理解いただけると思います。

そうです、そんな中で約1世紀も前の遺構を見付けるのはやはり至難の業だったのです。旧開発道の発見は一先ず諦めて更に周囲の観察を進めたいと思います。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

対岸最大規模の伏流水箇所、浸水量も際限なく湧水していました。これは長期的な予測ですが、恐らくこの白雲瀧は何れは直瀑に成るのだと思います。

この間々崩落が進めば遠い将来ですが段瀑を形成している滝床は全て崩落して大谷川支流を侵食、華厳渓谷の大谷川へ直接流れ込む大きな滝へ変貌する可能性があります。

そこで思いを馳せるのは裏手の華厳の滝、この華厳の滝も大谷川においてもっと下流に存在した筈です。侵食を繰り返し、後退しながら現在の渓谷を形作った過去を考慮すれば同じような歴史を辿るのは必然かもしれません。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

迫力の崩落岩堆積現場、足元の大きな岩などは最近落ちたのかと思う程綺麗です。日常的に崩落が続いています、長居は無用でしょう。

大谷川において華厳の滝や白雲瀧周辺の地形成は北側の男体山の度重なる噴火に因る部分が殆ど、それは溶岩だったり飛来物だったりしますが主要構成岩質は通称「華厳溶岩」と呼ばれる安山岩と集塊岩の互層。

元々の地層を形成していた第三紀溶結凝灰岩(地質学的には約2万年前に堆積形成)でその上に噴火堆積した華厳溶岩が積層しています。噴火の力は絶大でその溶岩は南方の足尾山地にまで届いたとか、その後は崩落を繰り返して現在の華厳渓谷を形成したようです。



【用語解説】

安山岩
火成岩の一種、殆どがプレートの沈み込み帯で噴火した非アルカリ質の岩石。日本の火山が流れ出る溶岩は殆どがこの安山岩が溶解した物、柱状節理を形成する過程で硬度は確保されてもクラックにより剥離し易い状況を内包する事も多い。華厳渓谷においてはその特徴が顕著に見てとれ、多数の崩落箇所を発生させている。

集塊岩
地を這う溶岩と対照的に火山噴出物が固まった岩石、総称して火山砕屑岩とも呼ばれる。石材として容易に切断加工出来るが自然においてはその脆さが落石として人を襲う事も。



このように華厳渓谷では脆く崩落し易い岩盤が周壁を囲い、自然現象や気象災害によって更に削り取られて年々その姿を変えていくことで有名なのです。華厳の滝の滝口も凡そ20年前に大崩落が発生し、落水の姿を大きく変えた過去が記憶に新しいでしょう()。

白雲瀧においても同様で写真の様に大小様々な剥離崩落が現在進行形で進行しています、この事からもこの地への来訪は非常に危険なのだと理解して頂きたいと思います。

大谷川山腹崩壊対策事業http://goo.gl/wi9QCU

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

対岸調査は後半戦、「④ 対岸から鵲橋を撮影」の行動を開始。実は対岸に来てから樹木の隙間からチラチラと見えていました、が、何処も危険な為に撮影場所を選定するのに時間が掛かってしまいました。

根が強く張った樹木からロープを垂らし、更に斜面の細い樹木にセーフティを確保して資料写真を撮影します。

流石にこのアングルで撮影された「鵲橋」は存在しないと信じて何枚か写し取ります。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

もう二度と対岸へ来ることはありません、私達にとっては貴重な一枚となりました。

さて、駆け足で調査を行っていますが調査は本当の意味で後半戦を迎えます。先程撮影した鵲橋へ向うのです、ロープを回収しつつ今度は水場を離れて山の中を歩きます。



スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

鵲橋へ再び

以前までは鼻歌交じりに踏破出来た獣道(旧・五郎平茶屋滝壺道+1980年代に釣人が開拓した華厳渓谷への複合道)、現在はこの様にキツイ斜面が辛うじて残るばかりでした。薄い道筋を辿る事も可能だしたが途中でガリーに突き当たり、結局その地点からロープで降下する事にしました。

この道筋は本来なら「五郎平茶屋滝壺道」と呼ばれた華厳の滝へ至る野良の観光道だった、華厳の滝の観瀑エレベーターは1930年に完成しているので滝壺手前で1937年まで営業していた五郎平茶屋へは既にこの道ではなくてエレベーターを利用していた筈。

そう考えるなら90年近くの間”道”として残っていた事に、ならばこの状況は意外と酷くは無いのだろう…か。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

10~20年以上前に釣り人が残した思われるボロボロのトラロープが、握ると削れるように表面が剥がれ落ちていきます。

その他にも電線やナイロンの紐など複数の残置が確認できました、これらは言うなればゴミです。自然分解されないものを持ち込んで回収しない方達の行いにはどうしても憤りを感じてしまいます、一応行政にも写真と共に報告を行いました。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

途中、この様な岩場の降下もあります。そして例に漏れず、岩質は非常に脆くて危険でした。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

豪雨などの土砂崩れにより、依然歩けた場所がこのような急斜面に変貌していました。ここでも安全確保の為にロープを設置してゆっくりと降下します。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

2013年までのアプローチに比べれば倍以上の時間を掛けた鵲橋、どうやら到着したようです。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

地図上ではこの辺りです、大昔に沢山の観光客を魅了した観瀑橋はもう目の前に。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

旧くは観光名所だった鵲橋

それでは少しだけこの「鵲橋」について説明致しましょう。

1900年(明治33年)1890年より進めていた華厳の滝(滝壺)までの道を開拓していた星野五郎平翁が設置した吊橋(初代鵲橋)がルーツ。場所は現在より20メートル程上方で現在も基礎部分が見てとれます(確認済み)、その後昭和初期に架け替えが行われ木造の桁橋へ。この頃には管轄が行政へ移行しており、工事も行政主導で行われています。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

日光市から提供された資料に記載はありませんが現在の位置、そして形状に成ったのは1949年(昭和24年)だろうと推測できる古い観光案内紙が残っています。華厳渓谷遊歩道自体も翌年の1950年に完成して一般開放されていることから恐らくは間違い、元々は華厳の滝への遊歩道整備から開始された観光開発だったが戦後は渓谷全体を対象としたようです。

観光開発は上手くいったものの、これまで解説した通りこの渓谷の岩質は非常に脆くて崩落を繰り返すことで現在の渓谷の姿に至った経緯を持ちます。一般公開当初から崩落事故や落石は絶えなかったと記録にもあり、それからは一時的な閉鎖期間なども経て1972年には一般通行が禁止に。

翌年には華厳渓谷の整備を行政と現・日光土木事務所、現・古河日光発電株式会社が分割及び平行管理するようになり、名勝と名高い華厳の滝を主に据えた主場変更を余儀なくされたのでした。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

1949年には現在の位置に石造橋が架けられ、今も変わらない姿を見せてくれているのは嬉しいことです。因みにこの鵲橋の命名については翁自らとする記述や別の者だという記述、実は別の名前が付けられていたなど諸説語られています。

1929年までは滝壺への観瀑遊歩道として活躍したが翌年の1930年、観瀑台エレベーターが完成。明治、大正、昭和と時代を跨いだ観光道路は人の往来がなくなり、廃道となりました。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

晴れた日の鵲橋は今も尚、その美しさを損なわず。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

既に計画していますが近い内に華厳の滝の滝壺へ至るルートもレポート予定です、今回は時間の都合でこの橋が終着地点となりました。

五郎平茶屋滝壺道に関してはいまだハッキリとしたルートが判明しておらず、崩落などで消失した地形も考慮して今後調査を進めたいと考えています。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

五郎平茶屋と五郎平茶屋滝壺道

五郎平茶屋滝壺道の終点には五郎平翁が設けた五郎平茶屋(確認出来ている営業期間は1902年~1932年)が当時の来訪者をもてなしたという、この頃は華厳の滝と言えば五郎平茶屋と答えが返ってくる程の有名店に成っていたが1930年の観瀑台エレベーター完成からは僅か2年で滝壺道と同様の歴史を辿ることに。

地図から星野五郎平の痕跡が消えたのは1972年、国内全ての発行地図から滝壺道や茶屋の名称は削除されたましたがこの辺に関しては年度がやや曖昧です。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

1890年の発起から実に82年もの歳月が経過、廃道に成ってからは今年(2016年)で44年も経ってしまっており、元の姿を取り戻すのは勿論絶望的です。適うならば是非血縁者にお話をお聞きしたいとも思うけれど…まあそれは少々無粋なのかもしれません。


想像を絶する美しい滝、白雲瀧

再び白雲瀧へ戻ってきました、折角なのでもう少し注意深く観察したいと思います。段瀑付近は少々危険ですがロープで降下して間近で撮影などを行いたいと思います。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

鵲橋へのアプローチ中、少しばかり小雨が降った所為か午前中より若干水量が増えています。という事は地下で繋がる最上流部の男体山ではもう少し激しい雨が降っているのかもしれません、これは余り長居せずに早めに切り上げた方が良さそうです。

安全を考慮して3人づつ降下、2人入れ替えを繰り返して最後に上級者がロープを回収です。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

目の前を大量の湧水が流れ落ちていきます、水圧は予想以上でとても両足を踏み入れる気にはなれませんでした。

少し際を遡行して中島に取り付きたいと思います。

華厳渓谷 白雲瀧 - Spherical Image - RICOH THETA

何処を切り取っても絶景です、危険なアプローチ故のこの美しい自然はこれからも残していかなければならないと思います。

スゴログ 白雲瀧 華厳の滝

今後、どうにか安全が確保出来る状況でこの先の華厳渓谷へ何度か来訪することになりますが白雲瀧では是非足を止めてご挨拶位はしたいと思う。

6年に及ぶ調査で廃道の歴史と現在の状況、そして白雲瀧発見へ至るプロセス、美しい自然との邂逅…それぞれが本当に私達を楽しませてくれる要素で一杯でした。こんな美しい場所が日本に在ったんだと、何度も再確認させてくれた思い出の場所です。

恐らく、このレポートを読んで「それでも白雲瀧に行ってみたい」とおっしゃる方は沢山居ると思います。エントリーの中で何度も危険を促してきましたが一度啓発された気持ちは中々と治まりが効かないもの、であるならば。

どうか安全に関しては十二分な準備を、そしてどうか熟練者の同伴を。

行った結果それが簡単だと思えても天候一つ、注意不足一つで美しい自然はガラっとその表情を変えてしまいます。注意喚起ばかりですが約束できるのはこの場所は本当に綺麗で、そして美しいということです。



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参考・協力

日光市役所
日光行政センター/日光観光課
日光図書館
栃木県立日光自然博物館 派遣調査員O様
栃木県庁県土整備部元職員 N様
日光市観光協会



レポートの場所



注意点

該当区域は管理されており、無断での進入する事は法律で禁止されています。また登山物件においては事前にルートの選定、充分な予備知識と装備で挑んでおります。熟練者が同行しない突発的な計画に基づく行動は控えて頂く様、宜しくお願い致します。

スゴログの装備とその使用方法など
https://www.sugolog.jp/p/blog-page.html



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