#011 宇都野火薬庫

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

栃木県│宇都野火薬庫

調査:2010年05月 / 2011年07月 / 2014年/05月

足尾銅山に赴いた時にどうせならばと周辺の関連施設周ろうと考えていた、このレポートを公開した当事の2010年はこの銅山を取り上げた出版物の執筆及び写真提供により本山製錬所のエントリーは叶わなかったので少しでも他の施設を撮影したいと考えたいたからだ。

事前に下調べした時に大元を辿れば銅山施設ではなくて戦需遺構だと言う事は知ってはいたのだけれどやはり火薬庫と言う特殊な建造物には心惹かれてしまった、歴史的にも古くて重要な産業施設でもあったこの「宇津野火薬庫」を今回は掘り下げていきたいと思う。

【2018年現在】

近年になりやっと保存活動が開始された様で2016年~2017年には保存活動関係者や行政関係者が視察に訪れています、また近隣林業とも兼ね合いがある様で周囲の伐採計画も準備されているとか。

また2018年現在では何か小規模の工事の形跡が報告されています。



スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

2008年03月に国史跡に指定された足尾銅山関連施設だった「宇都野火薬庫」、火薬庫棟は全部で5軒の建造物から成り、しかしながらその建設時期は諸事情あってバラバラです。施設自体の建設は1909年から開始、1911年に完成。火薬庫だけかと思われがちですが実は一般家屋も数軒存在していました(現在は解体済み)、厳密に言うと地場産業施設棟&小規模な廃村と言う非常に珍しい区画だった様です。

そう、この火薬庫は元々この足尾の地場産業に利用する為に建設されたのですがこの地の産業と言えば…そう足尾銅山です。

軍事利用されていた火薬類の払い下げ品を銅山業に転用する為に保管庫として使用され、それぞれの棟がそれぞれの役割を持っていたこの火薬庫群。その建設までに至るプロセスや地域の歴史を紐解くと更に面白いのですが膨大な長さのレポートと成るので今回は割愛しましょう。

最初の写真(ページトップの画像)は宇都野火薬庫の一番奥に在る「第4号庫」、因みにこの火薬庫群には入口側から「火薬加工作業所・導火線貯蔵庫」→「第1号庫(雷管倉庫)」→「第2号庫(火薬・導火線貯蔵庫)」→「第3号庫(ダイナマイト倉庫)」→「第4号庫(ダイナマイト・導火線貯蔵庫)」と時期を別々に建造されています。

元よりこの山間部の地形が凹んだ盆地の様な形状だった事で建設候補地に挙がられ、尚且つ近隣に一般住宅(足尾銅山関係者ではない住人)が無い事も選出された理由だった様です。更に1棟毎に不意の爆発に備えて地面を掘り下げ、地の利を最大限に活かす様に考えられています。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

それぞれの入口にはこの様に一般的な倉庫では見る事が稀な石垣と石造扉が、斜面を利用して地面の掘削範囲を最小限に抑えられている事も興味深い特徴と言えます。

来訪時の注意点としてはスズメバチが多い事、夏季前には斜面や樹木の根元に営巣の為に忙しく飛び回るオオスズメバチや気性の荒いモンスズメバチが寄って来る事も。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

石の扉から素掘りのトンネルを歩く、中は幾分ヒンヤリとしているが少々湿度が高い。その理由はトンネル内に側溝が掘られていて降雨時には水の流れが有るからだ、またトンネル内を良く見ると地中掘削道ではなくて石垣がシッカリと積まれていた。

また全てのトンネルではないけれど天井をコンクリートで固めた施工跡も見られた。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

こちらは第3号庫(ダイナマイト倉庫)、連なる火薬庫群の中で唯一保温装置が取り付けられた当事の最新施設。なぜ保温装置が必要だったかは少々専門的な話に成るので専門外の私達には説明が出来ないのでご容赦願いたい。

簡単に説明すると火薬類の中には温度に敏感な種類が在り、温度調整を必要とする火薬がこの倉庫に収められていたと。銅山に限らず鉱山や道路整備などで当事は実に多様な火薬が使用されていたそうです。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

写真を見てお気付きの方もいらっしゃるかと思うが倉庫に屋根が無い、そして現在残る宇都野火薬庫のどの倉庫にも屋根が残っていないのだ。

※ 2008年頃までは半分程の屋根が瓦が乗った状態で残っていました

詳細は後程説明したい、一般的ではない火薬庫の建造には色々と考慮するべき点が存在した様だ。屋根の傾斜、基礎のアーチ型通風孔など設計には色々と考慮と工夫が為されていた。

同じ目的(対策)の為に珍しい物では、洞窟内火薬庫や地下壕の様な火薬庫も存在します。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

この様に崩落した木材は勿論屋根部分だった物だ、どの倉庫にも共通して強固な鉄骨入り石造りな建造物に不釣合いな軽い木材での屋根、そして申し訳程度の薄い瓦。

もうお解かりの方もいるだろう。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

明治時代から大正時代に掛けての建設技術をベースとしてこの地を選び、そして建設された火薬庫群。この倉庫の屋根が余りに脆弱なのは「爆発した時の爆風対策」として考案されたもの。

当事の火薬庫事故は小規模なものを入れれば結構多く報告されており、それは戦需や産業に限らず発生したと多数記録に残されている。成程、爆発によって爆風が上部へ逃げれば不要に建造物自体を崩壊させないし被害を横ではなくて縦に向ける事で最大限の安全性を両立したと言える。

これが総合的に山間部で、また凹んだ盆地状で連鎖爆発しても対策に成るし個々の爆発であれば爆風対策と他の倉庫への延焼や連鎖被害を留める事にも繋がる素晴らしい設計と言えるだろう。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

こちらは最初の写真と同じ建造物、第4号庫(ダイナマイト・導火線貯蔵庫)。

因みに各倉庫の出入口は流石に木製の扉だったがこれにも爆発時の対策と言うか、最低限の対策はされている。実はどの棟も倉庫の出入口と先程の地中内トンネルの出入口の方向や場所をズラす様に設計されていた、言われてみれば逃走経路に爆風が及ばない対策だったのだと資料を見て納得してしまう。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

初めて来訪したのがまだ春の気配も感じられない頃だった、どうしても盛緑の時期に想像上の魅力を感じていたので翌年と成ったが再訪しました。

そしてその時に眼前に広がる火薬庫群は想像通り、非常に素晴らしい物でした。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

ただただ美しい、そんな感想です。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

生い茂る樹木の葉と朽ちた廃墟、単にフォトジェニックだと完結しないのがこの火薬庫群の懐の深いトコロだと言えます。

この場所には理由があり、そして現状の朽ち方にも当事の技術が裏付けされた歴史的建造物。それが何とも知的好奇心を煽り、今残る物全てが叙景的に心に刻まれます。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

ここで文化遺産オンラインの紹介文を引用しよう。



足尾銅山跡は栃木県西部に位置する日光市足尾町に所在する。

採鉱・選鉱・製錬の一連の工程を示す施設のほか、生活・経営その他に関わる諸施設・遺構からなる。 天文19年(1550)に発見されたと伝えられるが、本格的な経営は慶長15年(1610)で、慶安元年(1648)からは幕府の御用銅山となった。

明治4年(1971)民間に払い下げられていたものを、同10年(1877)、古河市兵衛が買収し、経営に着手して以降大きな転機を迎える。明治16年に本山坑を整備、明治18年(1885)に小滝坑、翌19年(1886)には通洞坑を開口し(完工は29年)、銅山経営の基礎が固められた。

20世紀初頭には日本の銅産出量の4分の1を担うほどの大鉱山に成長した。一方、各工程での廃棄物及び製錬時の亜硫酸ガスにより環境への影響が深刻化していった。明治23年(1890)には渡良瀬川の大洪水により下流域の農作物に被害を与えたことが契機となって鉱害問題が顕在化し、明治29年(1896)には「鉱毒予防工事命令」が出され、浄水場等が建設された。昭和31年(1956)に自溶製錬法による製錬が開始されるが、昭和48年(1973)に閉山、輸入鉱石による製錬も昭和63年(1988)に事実上の操業を停止し、足尾銅山の銅生産の歴史は幕を閉じた。

足尾銅山跡は、近世・近代を通じて経営され、特に近代にあっては銅鉱山として国内最大の生産量を誇った鉱山であり、我が国の近代産業の発展及び鉱害とその対策についての歴史を知るうえで重要である。今回条件の整った基幹坑道である通洞坑と銅産出の拡大を支えた火薬類を貯蔵す。

スゴログ 足尾銅山 宇都野火薬庫

1975年の航空写真には現在と大きく異なるこの火薬庫群の姿が写されていた、今回レポートした火薬庫群は赤い透過部分のエリア。入口脇から横に建ち並ぶ平屋棟は火薬庫と同じ銅山関連施設となる倉庫だ、調合前の火薬や保存容器などを含めて資材が収められていた。

既に家屋棟は解体されているがその名残が道路向かいや建ち並ぶ倉庫の南側に見て取れる、これらは作業小屋や宿泊棟に転用されていた。



【参考・協力】

足尾銅山跡 - 通洞坑 宇都野火薬庫跡 - 文化遺産オンライン
http://archive.fo/hka5u

国指定文化財等データベース(史跡名勝天然記念物)- 文化庁
http://bit.ly/2wKD7YM

現在周囲の足尾銅山関連施設を含め、世界遺産に登録しようと言う動きが行政と民間双方で検討されている。今後整備された宇都野火薬庫を見る日が来るかもしれない、その時には改めてお邪魔するとしよう。



【レポートの場所】



【注意点】

該当区域は管理されており、無断での進入する事は法律で禁止されています。また登山物件においては事前にルートの選定、充分な予備知識と装備で挑んでおります。熟練者が同行しない突発的な計画に基づく行動は控えて頂く様、宜しくお願い致します。

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